マーラー 交響曲第6番「悲劇的」

マーラーの交響曲第6番「悲劇的」は、彼の交響曲の中でも特に重く、暗い情感が色濃く反映された作品です。この交響曲は、希望の欠如と運命の力に対する深い苦悩が描かれており、彼の他の交響曲に比べて非常にシリアスで厳粛な雰囲気を持っています。以下、この曲の特徴を紹介します。

1. 「悲劇的」というタイトル

  • 「悲劇的」という愛称はマーラー自身が一度使用したものの、のちに公式なタイトルとしては使わなくなりました。しかし、その曲の内容があまりに悲劇的であることから、今でも「悲劇的」という名前で親しまれています。
  • この交響曲にはマーラーが抱く人生や運命に対する悲観的な見解が投影されており、避けられない運命の力に翻弄される人間の苦悩が表現されています。

2. 楽章構成

交響曲第6番は全4楽章で構成されており、それぞれが重厚で感情的な内容を持っています。

  • 第1楽章 (Allegro energico, ma non troppo): 力強く、暗い雰囲気で始まる楽章で、「運命の動機」とも呼ばれる主題が印象的です。行進曲のリズムが支配的で、厳格で冷徹な雰囲気を感じさせます。中間部には「愛の主題」と呼ばれるメロディも現れ、妻アルマへの愛情が表現されていると言われていますが、全体的には緊張感が途切れることなく続きます。
  • 第2楽章 (Scherzo – Wuchtig): この楽章はスケルツォで、不安定で不気味な響きが印象的です。激しく、鋭いリズムと独特のリズム変化が、落ち着かない気持ちや不安感を強調します。この楽章には、マーラーの「運命の力」に対する恐怖が象徴されていると考えられています。
  • 第3楽章 (Andante moderato): 唯一の緩やかな楽章で、悲しみと美しさが交錯する音楽が流れます。この楽章は、マーラーの柔和な面が表れており、静かな感情の表現が聴く者の心を深く打ちます。人間の愛や希望が垣間見える瞬間ですが、同時に一抹の哀しさが感じられます。
  • 第4楽章 (Finale – Allegro moderato): この長大な楽章は、劇的な展開と巨大なクライマックスで終わる壮絶な音楽です。さまざまなテーマが複雑に絡み合い、やがて「運命のハンマー」と呼ばれる強烈な打撃音が響き渡ります。マーラーはこのハンマーの音を「運命が打ち下ろす一撃」と説明しており、人間が避けられない悲劇に直面する様子が描かれています。ハンマーの音は当初3回の予定でしたが、最終的に2回に減らされています。

3. ハンマーの一撃

  • 「運命のハンマー」と呼ばれる巨大な打撃音は、この交響曲の象徴的な要素です。第4楽章で2回(または3回)のハンマーの一撃が運命の力を象徴し、不可避な悲劇を暗示します。
  • マーラー自身がこのハンマーについて「英雄を倒す運命の力」と表現しており、打撃音の衝撃が聴く者に強烈な印象を残します。

4. 希望の欠如と運命への抗えない抵抗

  • 他の多くのマーラーの交響曲が希望や救済の兆しを示すのに対し、第6番では救済が一切示されず、全体が悲劇的な雰囲気に包まれています。
  • 第4楽章の終わりで主要なテーマが崩壊し、曲が暗く消え入るように終わるため、聴衆に運命の不可避性と無力感を感じさせます。

5. 人生の悲劇的な予感

  • マーラーが交響曲第6番を完成させた後、彼の生活にはいくつかの困難が立て続けに起こりました。娘の死や職の問題、自身の健康問題などが続き、この曲が「未来の予言」のように思えると語ることもあったとされています。

6. まとめ

マーラーの交響曲第6番「悲劇的」は、彼の交響曲の中でも特に陰鬱で重厚な作品です。愛と希望がわずかに垣間見える瞬間もありますが、最終的には運命に屈服せざるを得ない悲劇的な物語が展開され、聴衆に深い印象を与えます。マーラーが抱いた「避けられない運命」への恐怖と、人生における苦しみが音楽を通して強烈に表現された交響曲です。

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たいこ叩きのマーラー 交響曲第6番「悲劇的」名盤試聴記

クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

テンシュテット/ロンドン★★★★★
一楽章、ライブらしい聴衆のわずかなノイズの中から演奏が始まりました。重いコントラバス。表情がすごく豊かです。歌う弦や木管が印象的です。ホルンの咆哮も凄いです。
音楽が激しいうねりとなって迫って来ます。テンポも動きます。凄く重量級の悲劇的の演奏だと思います。テンポを落とすところはすごく遅く、たっぷりと歌われます。トゥッティではオケの限界を超えているのではないかと思うほど強烈な演奏が展開されます。

二楽章、強烈なトゥッティと豊かに歌う弱音部の対比がおもしろい。弱音部がとてもチャーミングです。

三楽章、中庸なテンポで開始されました。のどかで牧歌的な雰囲気よりも、陰鬱な部分が強調されているような演奏です。クラリネットもホルンも悲しげで、これから起こる悲劇を暗示するかのような演奏です。

四楽章、地の底から湧き上がるような金管の咆哮!やはり弱音部ではテンポを落として十分歌い頂点へ向けてアッチェレランドします。
ハンマー一打目、頂点で強烈な一撃の後、テンポがガクッと遅くなり、次第に回復しました。テンポが自在に変化します。
ハンマー二打目、ここでも強烈なゴツンと言うような打撃の後にガクッとテンポが落ちてしばらくそのテンポを維持します。
冒頭のテーマの再現からテンポが戻りました。しかしまたテンポは遅くなり少しずつ速くなっているようです。
三打目のハンマーが記譜されていた部分は崩れ落ちるような表現でした。
心に染み入るコラールでした。

拍手が起こってしばらくしてからブラボーの嵐でした。
これだけ指揮者自身をさらけ出した演奏にはなかなかめぐり合うことができません。
この指揮についていったロンドンpoにも惜しみない拍手を送りたいと思います。すばらしい演奏でした。

サー・ゲオルク・ショルティ/シカゴ交響楽団

ショルティ★★★★★
一楽章、分厚い低弦の響き。色彩がとても豊かです。音楽にスピード感があり前へ前へ行こうとします。
どのパートも余すところ無く音にしているような精密さを感じます。リズムは弾むし音に締まりがあって、すごく筋肉質な演奏です。グロッケンと木管の付点のリズムが揃わなかったり、多少の傷はありますが、この強烈な演奏においてはたいした問題ではありません。
ブラスセクションの強烈なパワー感!すごいとしか言いようが無い。ショルティ/シカゴのパワーを余すところ無く演奏にした感じがします。

二楽章、小節の頭を強く入るティンパニの音がパンと釜の音があまりしなくて、響きも止めているような音です。この楽章でも金管、打楽器が大活躍です。木管や弦の旋律のバックにいるホルンなども強調されて存在感十分です。
テンポも速く、すごい勢いで駆け抜けていく感じがします。トロンボーンの細かいパッセージも完璧です。

三楽章、一転して穏やかな音楽になりました。前二楽章が非常に激しかったので、のどかさが十分表現されています。
作品に感情移入するような演奏ではありませんが、前の楽章との対比で穏やかさが演出されています。

四楽章、テューバは浅い響きでした。この楽章もスピード感があって音楽が前へ前へと行きます。色彩のパレットをいっぱいに広げたようなカラフルな演奏です。
一打目のハンマーの前後で音楽の変化はありません。そのまま突き進んで行きます。むしろさらにリズムに乗って推進力を強めたようにさえ感じますが、トロンボーンのリズムが崩れて三連符のようになります。
二打目のハンマーの後も変化はありません。パワー全開です!圧倒されます。
三打目のハンマー。「英雄は三つの打撃を受ける。彼はその最後の一撃によって木のように倒れる」とマーラーが言っているのとは関係ないような演奏でした。

ショルティは作品の表題性や内面性とは無縁の演奏なのかも知れません。思いっ切りの良い男性的な演奏でした。

テオドール・クルレンツィス/ムジカエテルナ

★★★★★
一楽章、短く弾む低弦。金管は少し奥まっていますが、しっかりと鳴っています。第二主題の前の木管が次第にテンポを落としてとてもロマンティックです。繰り返しはとてもゆっくりから加速しました。明るく伸びやかな響きで色彩感も豊かです。展開部も明るく清々しい響きです。弱音部分も透明感があってとても美しいです。再現部はかなり激しくなります。金管は軽々と鳴り響きますが、奥で鳴っていて、前に突っ込んでは来ません。

二楽章、割と抑え目に入りました。トリオは柔らかく穏やかです。常に余裕を持って美しく伸びやかな響きの演奏です。大規模な作品ですが、混沌とすることは全く無く、すっきりと聞かせてくれます。

三楽章、柔らかく広がる弦の主要主題。寂しげなオーボエ。中間部のホルンは控えめです。精緻で、トゲトゲしいところも無く、自然でずか、かなりレベルの高い演奏です。怒涛のように哀しみが溢れ出すような表現でもありませんが、自然に受け入れることが出来る演奏です。

四楽章、艶やかな主題に続いて、ファーッと広がる金管。カウベルに乗って演奏されるトロンボーンが奥まったところで広がります。続くホルンの響きがホール全体に伝わります。1回目のハンマーの直後は金管の陰に隠れがちな弦の刻みがはっきりと聞こえました。ホルントロンボーンがリズムを刻む部分はかなり速かったです。常に広々とした広大な空間をイメージさせる演奏です。とても冷静で感情を込めたり熱気が伝わるような演奏ではありませんが、高い技術でサラリとやってのける見事さがあります。メッセージ性は高くありませかんが、今までには無いパターンの演奏でした。

ジョン・バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

バルビローリ★★★★★
一楽章、ものすごく遅い出だしです。遅いテンポでマーラーのスコアを克明に描き分けて行きます。響きは締まっていて筋肉質な感じです。オケも生き生きとした表現でなかなかの好演だと思います。カウベルも神秘的な雰囲気を醸し出しています。バルビローリの唸り声が良く聞こえます。一音一音を大切に抉り出そうとするような気迫に満ちた演奏です。終始遅いテンポの一楽章でしたが、とても彫りの深い見事な演奏でした。

二楽章、この楽章も遅いテンポで深い彫琢を刻みこんで行きます。テンポは遅いのですが、音楽は全く弛緩することなく緊張感を保っているところもすばらしい。ブラスセクションもとても良く鳴ります。録音は古いのですが、一音一音が立っていて生き生きしています。

三楽章、これまでの緊張から解き放たれたような穏やかな冒頭でした。美しい牧歌的な雰囲気と時折覗く不安の交錯が上手く表現されています。後半の悲しみが堰を切ったように溢れ出す部分では、次々に音の波が押し寄せてくるような表現が印象的でした。

四楽章、一つ一つの音を確認しながら丁寧に演奏しているようです。この楽章も遅めのテンポです。展開部のカウベルも響きを伴って神秘的に響きます。マーラーの複雑なスコアに書かれている音が洪水のように鳴り響きあふれ出します。ドスンと言う鈍い音のハンマー。2度目のハンマーの直後は悲痛な叫びのようでした。もの凄く情報量の多い演奏でした。すばらしかったです。

ワレリー・ゲルギエフ/ロンドン交響楽団

icon★★★★★
一楽章、鮮明な録音です。第一主題はレガートぎみで、力の入るところが無く、ひっかかるところがありません。第二主題も第一主題と同じような表現です。展開部はゆっくりとしたテンポで入って次第にテンポを速めました。カウベルが入る部分ではとても良く歌われて感情のこもった演奏です。オケは気持ちよく鳴り響きます。オケのエネルギーがこちらにも伝わってきます。

二楽章、アンダンテが二楽章です。僅かに速めのテンポですが感情を込めてたっぷりと演奏される主要主題。美しいホルン。中間部では一転して華やかになります。その後、落ちついた穏やかな音楽が続きます。クライマックスでホルンを煽り、興奮を演出しました。

三楽章、音楽に新鮮な潤いがあります。複雑なオーケストレートョンでも混濁することなく、細部まで、すっきりと見通せる演奏です。アクセントのある音が重く力があり、深く音楽を刻み込んで行くようです。まばゆいばかりの色彩感です。

四楽章、歌うチューバのコラール。すでに疲れ果てて脱力しているような音楽から、力が湧きだしてトゥッティへと向かいます。第一主題は速めのテンポで生き生きと力強く演奏されます。ドスンと鈍いハンマー。オケは屈託なく見事に鳴り響きます。さすがロンドンsoです。硬質なティンパニもこの曲にぴったりです。二度目のハンマーからの壮絶な響き。溢れかえる音の洪水ですが、全てが有機的に結びついているようなとても充実した演奏です。

ロンドンsoの華やかな響きを見事に生かし、しかも有機的で充実した演奏でした。
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ベルナルド・ハイティンク/シカゴ交響楽団

icon★★★★★
一楽章、ゆったりと確実な歩みです。ふわっと柔らかい第一主題。滑らかで美しい木管。感情を内に秘めたような第二主題。展開部に入ってもゆったりとしたテンポは維持されています。さらにテンポを落とす部分でも柔らかい響きが印象的です。ショルティ時代のシカゴsoとは全く違うオケのような柔らかさです。トゥッティのエネルギー感は凄いです。

二楽章、硬質で重いティンパニ。非常に音に力のある主要主題。楽器一つ一つがくっきりと鮮明です。細かい表現も厳密で音楽に締まりがあります。これはハイティンクの美点であり、中庸といわれる演奏ながら、細部の表現には凄いこだわりがあります。ただ、テンポがゆったりとしている分「悲劇的」の表題のような切迫感はあまり感じられません。

三楽章、穏やかですが、深く歌う主要主題。悲しげで非常に丁寧に演奏される副主題。中間部でも繊細な表情付けが絶妙です。とても美しく、酔いしれることが出来ます。ホルンもショルティ時代のマッチョな響きではなく、ふくよかで柔らかく美しい響きです。クライマックスでも表現が徹底されていて、非常に引き締まった緊張感のある演奏で、すばらしいです。

四楽章、深い響きのチューバのコラール。深く刻まれる第一主題。巨大なトゥッティのスケール感もすばらしい。バツンと強烈なハンマー。打った後の反動で女性の奏者がよろけるほどの強烈さでした。音楽が上滑りすることなく、オケが一体となって、深い響きを作り出しています。二度目のハンマーの後の金管のパワー溢れる響きもすばらしい。

悲劇的を強調するような演奏ではなかったですが、純音楽的な美しい演奏はすばらしいものでした。ハイティンクの卓越したオーケストラ・コントロール能力を示す演奏だったと思います。
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レナード・バーンスタイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

icon★★★★★
一楽章、すごく豊かな残響の中で刻まれる低弦。力強く前に進もうとします。色彩感も濃厚で重量感のある演奏です。羊皮のティンパニ独特のバネのある響き。速いテンポの第二主題。ピーンと張った金管の響きが演奏の質感を高めています。同じような演奏時間のセーゲルスタムのサラッとして、穏やかな演奏とは対照的に、濃厚で重い演奏です。水中にいるような神秘的なカウベルの響き。重く鮮烈に刻み付けられる音楽。襲い掛かるように急き立てるコーダ。

二楽章、ゆったりとしたテンポで重い演奏です。テンポが大きく動きます。対照的に軽い中間部冒頭。テンポはよく動きます。オケの振幅も大きくソロの吸い込まれるような弱音とトゥッティの爆発に至るダイナミックレンジの広さはさすがです。

三楽章、この世のものとは思えないような美しい主要主題。非常に感情のこもった演奏で、歌やテンポの揺れなど多彩です。生への憧憬を表現するような非常に美しい弦。哀しみが溢れ出すような壮絶なクライマックス。バーンスタインの感情を思いっきりぶつけてくるような凄い演奏です。

四楽章、強烈なティンパニとモットー和音。色彩感も濃厚です。非常に深い表現とテンポの動き。すごくゆっくりと始まったコラールが次第に速くなってモットーへ。壮絶なトゥッティ。多彩なパレットを一気に見せられるような色彩感。アレグロ・モデラートからアレグロ・エネルジコへはそんなに大きなテンポの変化はありませんでした。凄い金管の咆哮ですが、汚い響きになることは無く、常に美しいところはさすがウィーンpoです。バチンと言う強烈なハンマー。それに続く金管の咆哮も壮絶です。三回目のハンマーもありです。地にもぐって行くようなうごめく金管の表現も凄い。

バーンスタインの感情が叩きつけられた壮絶な演奏でした。特に四楽章は壮絶そのもの。
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投稿者: koji shimizu

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