チャイコフスキーの序曲「1812年」は、1880年に作曲された壮大な作品で、ナポレオン率いるフランス軍がロシアに侵攻し、ロシア軍がモスクワを防衛した「祖国戦争」を描いた音楽です。この曲はロシアの勝利を記念して書かれ、モスクワでの救世主ハリストス大聖堂の落成式で演奏されることを目的としていました。演奏に大砲が使われるなど、特別な演出が取り入れられていることでも有名で、今では祝祭的な場面や花火大会などで演奏される人気の曲です。
目次
曲の構成と特徴
「1812年」は、戦争の緊張感やロシアの勝利への歓喜がドラマチックに描かれ、ロシア民謡やフランス国歌などを取り入れた印象的な構成となっています。
- 導入部
静かな序奏で始まり、ロシア正教の聖歌「主よ、人々の救いを」を引用しています。この聖歌は、侵略者からの守護を祈るロシア国民の祈りを象徴しており、悲壮感と敬虔な雰囲気が漂います。静かで荘厳な導入部から、次第に戦いの緊張が高まっていきます。 - 戦いの描写
導入部が終わると、フランス軍の侵攻を表現する緊張感あふれるテーマが現れます。ここでは、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が引用され、フランス軍の進軍と勢いを象徴しています。「ラ・マルセイエーズ」が力強く演奏される一方で、ロシアの旋律が不安定に絡み合い、激しい戦闘が展開されるような緊迫感が感じられます。 - ロシア軍の反撃と勝利
フランスの進撃に対するロシアの抵抗が次第に強まり、やがてフランス軍が退却する様子が描かれます。この場面では、ロシアの民謡や伝統的なメロディが力強く響き、祖国を守ろうとするロシア軍の勇ましさが表現されています。 - クライマックスと祝祭
終盤にはロシアの勝利を祝う壮大なクライマックスが登場し、再び聖歌「主よ、人々の救いを」が勝利のテーマとして力強く演奏されます。ここで大砲が鳴り響き、鐘が鳴り渡る演出が加わり、戦争の勝利と平和の訪れを華々しく祝う雰囲気が最高潮に達します。この迫力あるフィナーレでは、ロシアの勝利と平和への祈りが力強く響き渡ります。
音楽的意義と評価
序曲「1812年」は、チャイコフスキーの愛国心と、ロシアの歴史や文化に対する深い敬意が込められた作品です。戦争の緊張感と勝利の歓喜を壮大に表現し、聴く者に強い印象を与えます。この曲は、特に野外演奏や祝典で人気があり、実際の大砲の発射や教会の鐘の音を取り入れることで、視覚と聴覚の両方で楽しめるエンターテインメント性の高い作品となっています。
チャイコフスキー自身はこの作品に対して少し距離を置いていたとされ、「外向きの劇的表現に偏った作品」として純粋な芸術性を感じにくいと考えていたようです。しかし、その劇的で圧倒的なスケール感と華やかさから、今ではチャイコフスキーの代表作の一つとされ、多くの人々に愛されています。
たいこ叩きのチャイコフスキー 序曲「1812年」名盤試聴記
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
Largo速いテンポですが、ドン・コサック合唱団の合唱がナポレオン軍が迫りくる悲壮感を上手く表現しています。弦だけの演奏よりも盛り上がりが凄く振幅の大きい表現です。このような小品に対するカラヤンの演出力はさすがです。オケが入ってからはテンポを速めにとってグイグイと音楽を進めて行きます。分厚い響きです。Andanteスネアはすごく締まった音で良いです。速めのテンポで音楽が弛緩することなく、とても良く歌い聞き手を惹きつけます。Allegro giusto戦闘部分もすごくテンポが速いですが、飽きさせることなく音楽を聴かせてくれます。マットで近い金管が大迫力です。とても良く歌う第二主題。ロシア民謡も歌心いっぱいです。二度目の戦闘部分も速いテンポで一気に進みます。響きが分厚く次から次からと泉のように音楽が湧き出してくるようです。シンバルがとても良い音で鳴っています。弱音で演奏されるホルンのラ・マルセイエーズが響きを伴ってとても美しいです。金管が近くなったり遠くなったりするのはマルチマイクのミキシングのせいか?いかにも作り物っぽい大砲です。とにかくテンポが速い!弦が駆け降りるメロディを演奏する前に大きく加速とクレッシェンドをしました。駆け降りる弦もとても厚みがあります。Largoパイプオルガンでも鳴っているかのような鐘の響き。オケのフルパワーを印象付けるようにシンバルが埋もれるように弱く叩いています。Allegro vivaceやはり作り物っぽい大砲です。スネアのオープンロールが美しいです。
1812年を一気に聴かせてくれました。表現力豊かな演奏で分厚い響きでしかもオケが抜群に上手い!ただ、録音が古いためにミキシングでいじり過ぎて金管が近くなったり遠くなったりするところがが唯一の欠点か?
サー・ゲオルク・ショルティ/シカゴ交響楽団
★★★★★
Largoゆっくりとしたテンポで感情のこもった開始です。バレンボイムとの演奏よりも息が合っているようです。不安げな雰囲気も表現されています。まだ余裕を残しているのでしょうが、十分に鳴る金管です。Andante締まったスネアが良い音です。後のホルンは締まった響きです。Allegro giusto戦闘場面はテンポが速いです。金管と弦はバランスが取れています。ロシア民謡は速いテンポのままさらりと過ぎて行きました。二度目の戦闘場面は不穏な空気から始まります。金管は抑え気味です。速めのテンポですが、良く歌う第二主題。弱音で演奏されるラ・マルセイエーズは明るく締まった響きです。これもリアル感のある大砲でオケを覆い隠すぐらいの音量でした。駆け下りるような音形でもあまりエネルギー感は落ちずにそのままの勢いでした。Largo鐘の音がかなり強調されています。オケは少し奥に引っ込んでいるような感じです。トランペットのハイトーンが突き抜けて来ます。Allegro vivaceロシア国歌はトロンボーン全開ですが、大砲がかなり強いバランスで鳴っています。終わりにかけて少しテンポを速めて最後にぐっとテンポを落として終りました。
充実したオケの響き。たっぷりと歌う部分とあっさりと過ぎて行く部分のコントラストもありました。大砲や鐘などの鳴り物を強調した録音も祝典的な雰囲気を盛り上げています。それにしてもシカゴsoのパワー全開は凄いです。
ムスティラフ・ロストロポーヴィチ/バイエルン放送交響楽団
★★★★★
Largo息が長くたっぷりと歌います。暖かい木管。オーボエもとても良く歌います。スケールの大きな表現の金管。Andanteとても音量を抑えたスネア。ゆっくり目のテンポでギャロップのような歩みです。Allegro giustoここでもゆっくりとしたテンポで演奏します。サラッとした爽やかな響きです。この盛り上がりの終盤では熱い響きになりました。音量を抑えた第二主題ですが、ここでも感情のこもった歌を聞かせます。ロシア民謡も歌っています。二度目の戦闘シーンの冒頭はあまり不穏な空気はありません。金管はかなり余裕を残しています。弱音で演奏されるラ・マルセイエーズは浅く明るい響きです。オケは全開になります。駆け下りるような音形へ向けてクレッシェンドがあり、弦だけになると少し音量が落ちました。Largoゆったりとしたテンポで充実した分厚い響きです。鐘は柔らかく遠くで鳴っているような感じです。Allegro vivace大砲は実射のようです。堂々としたテンポで終わりました。
ゆったりとしたテンポで豊かに歌い、トゥッティでは堂々とした分厚い響きの熱演でした。あまり期待していなかったのですが、なかなかの演奏でした。
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エフゲニー・スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団
★★★★★
Largoゆっくりとしたテンポでたっぷりと歌う弦ですが、少し高域が持ち上がっているような録音のように感じます。起伏の大きい第一主題。頭の音を強いアクセントで演奏するヴァイオリン。ギンギンに鳴る金管。Andante歯切れのいい木管。メロディの最後の音を強く演奏するホルン。Allegro giusto物凄く激しい演奏です。テンポも速い。いかにも戦闘場面を描写しているような感じです。金管もかなり激しく演奏しています。とても感情を込めて歌う第二主題。ねっとりとした表現です。速いテンポのロシア民謡。二度目の戦闘シーンは不穏な空気に包まれます。そして、とても動きのあるオケ。金管の咆哮。弱音で演奏されるラ・マルセイエーズはふくよかで明るい響きです。そして全開になるオケ。大砲は大太鼓で代用しているようであまり大きくは聞こえません。駆け下りるような音形の手前で一旦音量を落としてクレッシェンドしました。そのままの勢いで弦の駆け下りる音形にはいります。Largo明るく全開のトランペット。鐘はカリヨンのようにはっきりとした音で一音一音がはっきりしています。Allegro vivaceグリンカの歌劇「イワン・スサーニン」に差し替えられています。
スヴェトラーノフらして力強い演奏でした。とても表現力豊かで戦闘場面の描写もとても良かったと思います。第二主題の歌も心のこもったものでした。大砲の音はあまり聞こえなくて、効果をあまり狙わずに正面から作品と対峙したもののようです。高域が持ち上がった録音の効果で激しさが増して聞こえたのかも知れません。
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ヴァレリー・ゲルギエフ/マリインスキー劇場管弦楽団
★★★★★
Largoゆっくりと柔らかい音色で切々と語りかけて来ます。金管も柔らかい響きで深みがあります。Andante大きめの音量で演奏される木管とホルン。弦が入るとホルンは弱くなります。Allegro giusto弱い音から始まり、すぐにガツガツと刻む弦が登場します。厚みのあるホルン。トランペットがマルカードぎみに演奏しました。シンバルが長い尾を引いて美しく響きます。第二主題はテンポの揺れもあって豊かに歌います。厚みのある響きです。ロシア民謡はゆっくりとしたテンポですがあっさりと演奏しています。二度目の戦闘シーンは落ち着きのないザワザワとした胸騒ぎのような表現から始まります。響きも分厚く金管もかなり強く吹いています。二度目のロシア民謡は速いテンポでした。弱音で演奏されるホルンのラ・マルセイエーズはふくよかでとても柔らかい響きでした。全開になるオケ。大砲はあまり迫力はありませんでした。駆け下りる音形に向かってクレッシェンドとアッチェレランドで弦の駆け下りる音形に突入しました。弦だけになっても音量は落ちません。Largoトランペットの咆哮はかなりです。鐘はカチカチと響くカリヨンと大きく低い響きのものが組み合わさっています。Allegro vivace賑やかに堂々と終わりました。
分厚い響きと豊かな表現で、強弱の振幅も大きな演奏でした。マリインスキーのオケがこれだけ分厚い響きの演奏をすることに驚きました。この作品は特に戦闘シーンのオーケストレーションが薄いと思うので、この部分を厚く聞かせる演奏はなかなか良いと思います。
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レオポルド・ストコフスキー/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
Largo冒頭からいきなりストコフスキー節です。テンポや強弱が大きく変化します。テンポが遅くなって引いて行く表現がとても良いです。金管はかなり強く演奏します。Andanteほとんど木管だけが聞こえます。弦が入って木管が抜けるとようやくホルンが聞こえます。突然のホルンの咆哮。Allegro giustoゆっくりとしたテンポですが、アクセントを強くしっかりと演奏します。低音楽器の動きも分かり響きの薄さはあまり感じません。金管はかなり強く演奏しています。揺れるように大きく歌う第二主題。とても遅いテンポですが、飽きさせずに聞かせます。ロシア民謡もゆっくりとしたテンポで、少し寂しさを感じさせる表現です。二度目の戦闘シーンは一回目よりもテンポを速めています。弦が積極的な表現をしています。弱音で演奏されるホルンのラ・マルセイエーズはミュートしているようです。大砲は人工的な音でした。少しクレッシェンドとアッチェレラントして駆け下りるような音形に入りました。Largoは入りは遅かったのですが、すぐに少しテンポが速くなりました。鐘はカラカラと賑やかに鳴っています。Allegro vivaceロシア国歌は合唱になります。途中でオケがフェード・インして来ます。最後は鐘だけが残ってフェード・アウトして終わります。
この曲でもストコフスキー節全開でした。交響曲などでこの表現をされると途中で辟易することもありますが、このような曲なら抵抗なく聞くことができます。大きな表現や仕掛けも面白く聞けるものでした。オケの響きも低域がしっかりと支えているもので厚みがありました。
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