マーラー 交響曲第1番「巨人」
マーラーの交響曲第1番「巨人」は、彼が書いた最初の交響曲であり、若きマーラーの感性や独特な世界観が詰まった作品です。「巨人」という副題が示すように、この曲には自然、人生、そして人間の内面的な葛藤といった壮大なテーマが感じられます。以下、各楽章について説明します。
1. 第1楽章:Langsam, schleppend – Immer sehr gemächlich
静かな導入で始まり、自然が目覚めるかのように、鳥のさえずりや野原の風景を連想させる音楽が流れます。最初は穏やかですが、徐々に力強さが増し、生命が湧き立つようなエネルギーを感じさせます。ここにはマーラーが愛した自然と生命の息吹が表現されており、聴く人を幻想的な世界へと引き込みます。
2. 第2楽章:Kräftig bewegt, doch nicht zu schnell
この楽章は、オーストリアの民俗舞踊「レントラー」を取り入れたものです。快活でリズミカルなメロディが特徴で、田舎の素朴な楽しさやお祭りの雰囲気が伝わります。途中でテンポが変わり、しっとりとしたメロディが現れるなど、軽やかさと美しさが共存しています。
3. 第3楽章:Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen
この楽章は独特で、葬送行進曲の形式で展開されます。最初に、子供の歌「フレール・ジャック」の旋律が短調で静かに現れ、やや不気味な雰囲気を作り出します。これはマーラーのユーモアと皮肉が現れている部分でもあります。その後、ユダヤ風の音楽やカフェ音楽風のメロディが続き、人生の悲しみや喜びが交錯するような印象を与えます。
4. 第4楽章:Stürmisch bewegt – Energisch
最後の楽章はドラマチックで、激しい情熱に満ちています。冒頭からトランペットやティンパニの迫力ある音で幕が開き、混乱や葛藤、そして勝利へと向かう激しい展開が続きます。終盤に向かって大きな高揚があり、ついには輝かしいフィナーレで締めくくられます。
全体の印象
「巨人」は、若いマーラーのエネルギーや感性が強く表れた作品です。自然の美しさ、人間の感情、人生の苦しみと歓喜が詰まっており、彼の音楽に対する哲学が垣間見えます。また、伝統的な交響曲の枠を超えた大胆な構成が、マーラーの独創性を感じさせます。
たいこ叩きのマーラー 交響曲第1番「巨人」名盤試聴記
クラウス・テンシュテット/シカゴ交響楽団
一楽章、遅めのテンポで冒頭から重い雰囲気にあふれています。開始2分の間にもかなりテンポが動いています。テンポの動きに伴ったアゴーギクも十分。シカゴsoもショルティの演奏とは違った音楽的な面を聴かせてくれます。
テンシュテットって全身がアゴーギクで出来上がっている人ではないかと思わせるくらい自由にテンポが動き、その動きに合わせて表現が変化する。だから音楽の密度がものすごく濃い。
全体に遅いテンポで着実な足取りで油絵のような濃い音楽を刻んで行く。凄い!圧倒されます。
二楽章、音楽が生き生きしている。とにかく凄い。いつもながら引き込まれてしまいます。
オケの上手さがこのような形で音楽として演奏されると、オケの機能の高さの重要性も感じます。
三楽章、コントラバスのソロもとても表情豊かです。作品と指揮者、オケが一体になって音楽が出来上がって行く。これだけ自在に音楽を引き出せるテンシュテットの能力の高さにも驚かざるを得ない。オケの集中力の高さも、音楽監督のショルティが振る以上かもしれない。
それにしても、ライブでこれだけの集中力を発揮するシカゴsoもすばらしい。また、指揮者によってこれだけ表情を変えることができるのもオケの懐の深いところですね。
四楽章、ffでも全くアンサンブルが乱れない。この楽章もテンポは遅めです。他のCDでは聴かれなかったバストロンボーンのffが出てきたり。色彩のパレットをひっくり返したような色とりどり!
さらに遅いところは、たっぷりと歌い続けます。
テンシュテットの演奏は華麗さやきらびやかさなどとは無縁の演奏です。どちらかと言うと、内面へ内面へと向かう。内面へ問い詰めた結果が外部に放出されたのが、テンシュテットの音楽で、そこには作品に対する深い共感があるのでしょう。
表面が磨かれた、美しい音楽を聴きたい人には「他を当たってくれ!」と頑固親父が言っているようです。
内面の葛藤や共感やいろんなものが音として発散されるが、臭いものや汚いものも一緒に吐き出すような壮絶さがあります。テンシュテットにとっては音楽は、綺麗ごとではなかったのでしょう。終わりに近づくにしたがって、人生に疲れ果てたような、黄昏を感じさせます。
すさまじい絶叫で終演!このライブでシカゴsoはほとんどノーミスだったのではないだろうか。
フランソワ=グザヴィエ・ロト/バーデン=バーデン&フライブルクSWR交響楽団
★★★★★
一楽章、ゆったりとしたテンポで弱音で注意深く演奏されるオーボエとファゴットの動機。トランペットのファンファーレを暗示するようなクラリネットの旋律が霧の中にボヤーッと浮かび上がります。バンダのトランペットもかなりの距離感ですが、鮮明に聞こえます。遠近のコントラストや色彩感がとても鮮明です。オケの技術レベルは相当に高いようで、とても美しい演奏です。控え目ですが、とても美しいチェロの第一主題。展開部の雰囲気が沈む感じも上手く表現されています。抜けの良いE♭クラ。トランペットのファンファーレも非常に輝かしく美しい。トゥッティでも整然として全く乱れることのないオケもすばらしい。
二楽章、一楽章から一転して速めのテンポです。弾むように軽快なスケルツォ主部ですが突然入ってくるホルンやティパニが強烈です。中間部は意図的に歌うことは無いようですが、デュナーミクの変化などははっきり付けるので表現は豊かです。スケルツォ主部が戻ると再び生き生きとした活気に溢れる演奏が展開されます。
三楽章、遠くから豊かな残響を伴って響くティンパニ。そのティパニとほぼ同じ音量で開始されるコントラバス。その後いろくな楽器が重なってきますが、とても透明感の高い演奏です。中間部冒頭のヴァイオリンのメロディはヴェールに包まれているような美しさでした。鮮度の高い音色で音楽が生き生きしています。
四楽章、一撃の後にすぐ音を止めたシンバル。すごく透明感の高いブラスセクション。かなり強奏はされていますが、整然としています。抑制的な第二主題が次第に力を持って大きなうねりになります。展開部で突き抜けて来るトランペットも凄い!コーダでの伸びやかなブラスセクション。力強いクライマックスを築き上げました。
ギーレン以来の透明感の高い響きを生かして、明晰な演奏はすばらしいものでした。
凄かった。
ブルーノ・ワルター/コロンビア交響楽団
★★★★★
一楽章、弦のフラジオレットに隠れるようなオーボエとファゴット。生き生きとした生命観の宿るクラリネット。ミュートをしたトランペット。穏やかな第一主題。青春の息吹に溢れています。温度感があって暖かい演奏です。トランペットのファンファーレからの金管の強奏は凄いものでした。若さの爆発でした。
二楽章、とても明るい活気に溢れる演奏です。表現も積極的で演奏がこちらに迫ってきます。中間部の弦は人数を減らして演奏しているような静けさがあります。スケルツォ主部が戻るさらに活気に溢れた演奏になり、青春の希望に溢れた様子が上手く表現されています。
三楽章、主題が重なってから登場するオーボエやその後の演奏も表情がとても豊かです。中間部はとても丁寧に一音一音確認するように演奏されます。オケの響きには温度感があって暖かいです。主部の回帰は最初のテンポよりも速めですがその後テンポを落としました。
四楽章、冒頭から第一主題にかけては、途中ガクッとテンポを落とす部分もあり、びっくりさせられました。第二主題は録音の古さから美しさは感じませんが、息の長い歌がとても良かったです。展開部でもテンポが凄く変化します。かなり金管を鳴らした展開部でした。その後もテンポは自由に動きます。トランペットのファンファーレの後でもテンポを大きく落として克明な表現です。
青春の希望に溢れる輝かしい演奏はすばらしいものでした。特に四楽章のテンポを落とした表現はすばらしかったです。
マイケル・ティルソン・トーマス/サンフランシスコ交響楽団
★★★★★
一楽章、極めて静かなフラジオレット。ゆっくりと丁寧に演奏される木管。やはりゆっくりと遠くから響くバンダのトランペット。少しテンポを上げて軽い表情の第一主題が序奏と表情を一転させます。提示部の反復の前でテンポを上げて反復の直前でテンポを落としました。鋭く突き刺さってくるトランペット。展開部へ入っても登場する楽器の輪郭が鮮明で密度も濃く、くっきりと浮かび上がります。ミュートを付けたトランペットのファンファーレは強烈でした。ミュートを外してオープンになったトランペットのファンファーレも突出していました。すごいダイナミックレンジです。
二楽章、主旋律以外の弦もガリガリと強く入って来ます。とても躍動感のある音楽です。中間部ではサクサクと進むかと思えば突然立ち止まってみたりもします。伸び伸びとオケのメンバーが楽しそうに音楽をしている様子が伝わってくるようなほほえましい演奏です。
三楽章、とても静かなティンパニとコントラバスの主題。続いて登場する楽器もバランス良く抑えた音量です。おどけた表情で歌うオーボエ。主部の中間部はテンポも動いてたっぷりと歌いました。ハープから始まる中間部のヴァイオリンは少し硬い感じで夢見心地とは行きませんでした。主部が戻って引きずるような重い雰囲気が中間部と対照的で見事な描き分けです。朗々と歌うトランペットも意表を突いた演出です。
四楽章、三楽章の静寂から一転して嵐のような第一主題。サンフランシスコsoのシャープな響きと圧倒的なパワー感が作品にピッタリでとても気持ちが良いです。第二主題も弱音ではありますが、解き放たれたように伸びやかで美しい演奏です。展開部へ入るところで大きくテンポを落としました。屈託無く伸びやかな金管は見事です。まるで全盛期のシカゴsoを聴いているような感覚になります。再現部でも登場する楽器はくっきりと浮かび上がりとても存在が明確です。トランペットのファンファーレの前はかなりテンポが速かったです。ファンファーレの直前にテンポを落としました。コーダでも金管の圧倒的なパワーが炸裂します。
最後は青春の爆発でした。すばらしく美しくシャープな響きと、すごいダイナミックレンジでまさに巨人でした。
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ダニエレ・ガッティ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、低音もバランスの良いフラジオレット。滑らかで潤うのあるクラリネット。大きくクレッシェンドするオーボエ。遠くから響くバンダのトランペット。くっきりと克明な音楽です。ゆったりとしたテンポで朗々と歌う第一主題。提示部の反復指定の前でのテンポの変化はありませんでした。反復は行われませんでした。展開部に入って音楽が次第に陰鬱に沈み込む雰囲気は良く表現されていました。ファンファーレの部分も非常にゆったりとしたテンポで堂々とした表現です。
二楽章、ゆったりとしたテンポで抉るような低弦の冒頭です。強いエネルギーをぶつけて来る主題。中間部では少しテンポを速めて、優雅に歌います。トランペットが入るところで一旦テンポを速め快活な演奏になりました。主部が戻って豪快に鳴るホルン。
三楽章、すごく歌い表情豊かなコントラバスのソロ。くっきりと浮かび上がるオーボエ。そっと大切な物を扱うように丁寧な中間部のヴァイオリン。主部が戻ると色彩感豊かな演奏になります。登場する楽器のカラーがとても鮮明でカラフルです。
四楽章、強烈なシンバルの一撃。ゆったりと恰幅の良い第一主題。弦の激しい動きが強調されています。テンポは遅めですが、ライヴらしい熱気もはらんでいます。内に秘めたような息の長い歌をしなやかに歌う第二主題は酔わせてくれます。展開部が始まってしばらくするとテンポをぐっと落としました。ここでも弦の激しい動きが強調されています。ガッティの声も聞こえます。ホルンの咆哮はウィーンpoならではの凄いものです。再現部は一楽章冒頭の緊張感とは一転して、雄大な雰囲気のものでした。朗々と歌う弦が一時の安らぎを与えてくれます。終始ゆったりとしたテンポで堂々と演奏されています。遅いテンポでスケールの大きなコーダでした。
ゆったりとしたテンポで堂々と、そしてしなやかな演奏はすばらしかったです。
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ユーリ・シモノフ/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、非常に遠くから聞こえるフラジオレット。さらに遠いバンダが美しく響きます。穏やかな第一主題。録音レベルが低いのか、遠くから響く音楽が夢見心地です。かなりダイナミックレンジは広いようです。鋭いミュートしたトランペットのファンファーレ。二度目のファンファーレまではテンポを落として濃厚な表現でした。二度目のファンファーレからは一転して速いテンポになりました。賑やかに盛大に盛り上がって終わりました。
二楽章、遅めのテンポです。くっきりとした隈取りで清涼感のある響きですが、濃厚な色彩です。オケも積極的に色彩を演出しています。静かで穏やかな中間部。シルクのような滑らかさです。途中でテンポを落としてたっぷりと歌います。主部が戻って、ホルンも強力に吹きます。シンバルも豪快に炸裂します。すごく色彩感豊です。
三楽章、消え入るような弱音の中からコントラバスのソロが聞こえます。テンポも動いて歌っています。中間部は羽毛で肌を撫でられるような、柔らかで繊細な演奏です。透明感のあるクラリネット。
四楽章、ゆったりとしたテンポで力強いブラスセクション。テンポを落として表情豊かな表現もあります。ブルー系のトーンで温度感は低いですが、とても見通しの良い演奏で、アンサンブルもとても良いようです。第二主題はとても美しい。深い歌を歌います。展開部へ入る前もゆっくりでした。すごいエネルギーと色彩感の展開部。表現も締まっていてとても良い演奏です。再現部の静寂感もすばらしい。滑らかな弦が美しい。二度目のファンファーレはちょっと指が回り切らなかったような感じがしました。コーダはテンポを速めて力強い突進力です。
美しく、繊細で、しかも青春のエネルギーの爆発を見事に表現しました。期待せずに聞いたのですが、すばらしい演奏でした。
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ヤッシャ・ホーレンシュタイン/ロンドン交響楽団
★★★★★
一楽章、非常に音に力のある録音です。美しい木管。鋭く響くバンダのトランペット。ゆっくりと感情表現するホルン。控え目で奥ゆかしいチェロの第一主題。良く歌う音楽。鮮烈な色彩感。濃い色彩で刻み込むように力強い金管。第一主題が展開されると楽しい雰囲気になります。ファンファーレの前に弦と木管が交互に出るのが強調されていました。ミュートを付けたトランペットが突き抜けてきます。ファンファーレの後はすごくテンポを落として濃厚な表現です。すばらしいコントラスト。
二楽章、この楽章も良く歌い、色彩感も濃厚で強いコントラストです。マッシヴで強力なパワー感。中間部も動きがあって生命感に溢れています。主部が戻って、沸きあがる豊かな音楽です。
三楽章、粒立ちのはっきりしたティンパニ。乾いた音のコントラバス。棒吹きのようなオーボエ。歌うクラリネット。活発に動く部分と、静かに流れる部分の対比もはっきりしています。中間部も動きがあって生き生きとしています。主部が戻ってもとても良く歌う楽器が次々と登場します。積極的な表現がとても魅力的です。
四楽章、打楽器の強打で激しく歪みます。力強く演奏される第一主題の影で動く弦の表現もしっかりと聞き取れます。ピーンと張った若々しいエネルギーの発散を感じさせます。第二主題も良く歌います。展開部も強烈な色彩の金管。有り余るエネルギーが体当たりしてくるような凄い演奏です。力を出し切って疲れるようにテンポを落として再現部に入りました。感傷的になる部分もあります。本当に良く歌う演奏です。この楽章のファンファーレはゆっくりでした。二度目のファンファーレの後はテンポをガクッと落としましたが、その後テンポを速め、また凄く遅くなって、そのままコーダでした。
凄く濃厚な色彩と、濃厚な表現。テンポも自在で強烈な表現の演奏は現在では聴けないものです。すばらしい演奏でした。
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