ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」
ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」は、彼の作品の中でも特に自然への愛と感謝が込められた穏やかで美しい交響曲です。1808年に完成し、同年に第5番「運命」と共に初演されました。「田園」という副題が示すように、この交響曲は田舎の風景や自然の中で過ごす喜び、そして自然の力強さを描写しています。標題音楽として、具体的な情景や物語を表現しており、非常に親しみやすい作品として愛されています。
曲の特徴
- 自然への讃歌と描写的要素
第6番「田園」は、音楽によって自然の美しさや調和、そしてその中で感じる心の平穏を表現しています。各楽章には自然や人々の営みが描かれ、ベートーヴェンが森や小川、嵐などに触れる喜びを感じさせます。また、具体的な鳥の鳴き声や水の流れの表現も取り入れられており、聴く人をまるで田園風景の中に誘うような作品です。 - 標題音楽の草分け的存在
各楽章に標題(タイトル)がついており、ベートーヴェンが自然から得たインスピレーションを視覚的に伝える工夫がされています。これは後のロマン派音楽における標題音楽の先駆けとも言える手法で、後世の作曲家に多大な影響を与えました。 - 穏やかで牧歌的な音楽
この交響曲には劇的な展開や激しい感情表現よりも、平和で穏やかな旋律が多く含まれています。第5番の「運命」と同時期に作曲されましたが、その対照的な静けさや安らぎが印象的です。日常の喧騒を離れ、自然の中で感じる静けさや解放感が表現されています。
各楽章の概要
- 第1楽章:田舎に到着したときの愉快な感情(Allegro ma non troppo)
田舎に到着し、心が解放されるような喜びが描かれた楽章です。ゆったりとしたリズムと陽気な旋律が心地よく、自然の中で感じる安心感が伝わります。 - 第2楽章:小川のほとりの情景(Andante molto mosso)
穏やかな流れの小川を描写しており、優美で柔らかなメロディが特徴です。途中で鳥たちのさえずりが聞こえる場面があり、ナイチンゲール(ナイチンゲールのさえずり)、ウズラ、カッコウなどの鳴き声が木管楽器で表現されています。 - 第3楽章:田舎の人々の楽しい集い(Allegro)
農民たちが集まり、楽しげに踊る様子を表現したスケルツォです。リズムが軽快で、牧歌的な雰囲気が漂います。この楽章は、ベートーヴェンが愛した農民の素朴な喜びを映し出しています。 - 第4楽章:雷雨、嵐(Allegro)
突然、嵐がやってくる緊迫感あふれる楽章です。強烈なリズムとダイナミックな表現で、雷雨と風の轟音を感じさせます。自然の脅威を描写しつつも、最終的には嵐が去り、穏やかさが戻ってくる展開が美しく描かれています。 - 第5楽章:牧人の歌 – 嵐のあとの喜びと感謝の感情(Allegretto)
嵐が去った後の穏やかで幸福な気持ちが広がるフィナーレです。牧歌的な旋律が再び現れ、自然と調和する心の平和と喜びが表現されています。まるで安らぎを取り戻した自然に感謝しているような、温かい終幕を迎えます。
総評
交響曲第6番「田園」は、ベートーヴェンの自然への愛情が深く刻まれた作品であり、その美しさと調和を音楽で表現することに成功しています。劇的な展開や重々しさではなく、穏やかで優しい響きが聴き手に安らぎを与えます。この作品は、自然との一体感やその喜びを感じさせ、ベートーヴェンの多面的な音楽性と詩的な感性を堪能できる名作として愛されています。
たいこ叩きのベートーヴェン 交響曲第6番「田園」名盤試聴記
朝比奈 隆/新日本フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、この全集の演奏スタイルからすると、偶数番の交響曲はピッタリだと思います。
ゆったりと落ち着いたテンポで余計な力みもなく、楽譜に忠実に演奏されているので、当然仕掛けもありませんので、どっぷりと音楽に浸ることができます。
朝比奈が演奏しようとしているベートーベンをオケのメンバーたちも最大限に汲み取って、強い共感を持って演奏している共同作業のような、ほのぼのとし暖かみのある音楽を聴くことができます。
日本のオケも1980年代の後半にもなると、欧米の一流オケと遜色ないレベルの演奏ができるようになったというのも、この演奏が十分に示してくれていると思います。
二楽章、このゆっくりとしたテンポでも緊張感を失わずに演奏が進んでいくことに驚きさえ感じます。
一歩間違えれば、凡演どころか、集中力が切れてしまえば、聞くに堪えない演奏にもなりかねないテンポですが、見事に集中力が保たれています。
三楽章、日本のオケの几帳面さからくるものなのか、このテンポでもアンサンブルが乱れることもなく、実に上手い!
四楽章、ティンパニの釜が鳴った良い音です。ライブ録音のため、超高域は僅かしか入っていないようですが、それでも弦楽器の伸びやかの音も魅力的です。
五楽章、嵐のあとの晴れやかさも、見事に表現されています。丁寧に音を紡いでいる様子がうかがえるような演奏で、大変好感がもてます。
朝比奈 隆/大阪フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、ゆったりおおらかな演奏です。適度な編成で、音にも透明感があります。
美しい演奏です。音楽にどっぷりと浸れる良さが朝比奈のベートーベンの魅力です。
ベートーベンの交響曲全集の録音回数が最も多い上位二人と言えば、この朝比奈とカラヤンですが、音楽作りは対照的です。
ベートーベンが作品に込めた力強さや自由への意志。人間を優しく包み込むような癒しだったり。このような内面を見事に表現した朝比奈に対して、機能美を徹底的に追及して、構築物としての音楽の美しさを表現したカラヤン。
どちらも名演奏であることは疑う余地はありませんが、私は、朝比奈の自然体で謙虚に姿勢から生まれてくる人間臭い力強さや慈しみが、とても魅力的で好きです。
二楽章、音楽に揺られている感じが心地よい。オケとの信頼関係の元にすばらしい音楽が出来上がってきたのだと思います。
これだけの演奏を聴かされると、昔のように欧米のオーケストラを見習って、技術を習得するような時代は過ぎたんだと感じます。
これだけすばらしい音楽ができるようになった日本のオーケストラや音楽業界の人たちの努力にも頭が下がる思いです。
世界中で販売しても恥ずかしくない演奏をしています。
三楽章、昔の日本のオケは管楽器があまり上手じゃなかったのですが、今の演奏は本当に上手い!
四楽章、金管も不自然なくらいの強奏はしません。曲の流れを壊さない範囲で節度があってとても良い演奏です。
五楽章、現在、世界の第一線で活動している指揮者たちが、皆没個性になってしまって、CDが発売されても、買う気になれないような状態なのに、クラシック音楽としては偏狭の地にほとんど篭っていたと言っても良い朝比奈がこれだけすばらしい音楽を奏でているというのは、いったいどういうことなのだろう?
変な理屈はどうでも良いから、演奏家の魂の表出があって欲しいし、聴く者は、その表出に共感したいと思って、コンサートに出かけたり、CDを買っているんですよ。
新日本poとの演奏も良かったけど、この演奏もすばらしかった!
デヴィッド・ジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
★★★★★
一楽章、速い!この曲でも今まで聴いたことのない音がいっぱいです。祭りのお囃子のようなフルート。
アティキュレーションに敏感に反応する演奏で、音楽に合わせて踊りたくなるような・・・・。通常の演奏では有り得ないような感覚になります。
田園がこんにな乗りの良い音楽だったとは!田園は本当は舞曲だったのか?と思うほど画期的と言えば画期的。やりたい放題のハチャメチャな演奏と言えばそうともとれる。何とも不思議な演奏です。
二楽章、やはり音の扱いは短めに演奏しています。心地よく揺られているような感じ。表情はとても豊かで、個々の楽器の音色も美しいし、ホールの響きも暖かみがあってとても良いです。
三楽章、元気はつらつ。ここでも乗りの良い演奏をしています。ただ、テンポが速いだけなら、良いとは言えませんが、これだけ表情が豊かだと聴いていて飽きません。
ジンマンとオケと私が一緒に音楽を楽しむことができます。
四楽章、バロックティンパニの硬い撥がヘッドに当たる音が気持ちよく響きます。
五楽章、全曲通して楽しめました。
リッカルド・ムーティ/ミラノ・スカラ座管弦楽団
★★★★★
一楽章、速めのテンポで揺れ動くような第一主題。さらっと流れる第二主題。テンポが変化してたっぷりと演奏する部分ではテンポを落としています。穏やかで落ち着いた演奏もあったり変化に富んでいます。展開部からは強弱の変化をしっかりとした演奏です。
二楽章、優しく浮遊するような第一主題。揺り籠に揺られるようなファゴットの主題がなかなか良いです。のどかな情景が浮かぶような穏やかな演奏です。
三楽章、とても優しい響きで奥ゆかしく踊るような主題。トランペットも柔らかく弱めに入り雰囲気を壊しません。
四楽章、強力なエネルギー感では無いものの、低音が分厚く押し寄せて来るような嵐です。トゥッティではホールに音が大きく広がる音場感があります。
五楽章、誇張が無く自然な第一主題。とても繊細で美しい演奏です。
とても穏やかで優しい響きで、田舎のゆっくりと流れる時間を表現したような演奏でした。しなやかで繊細な響きは素晴らしいものがありました。
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パーヴォ・ヤルヴィ/ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、とても優しい第一主題。 第二主題の前で若干テンポを落としました。決して空気を突き破って来ない優しい響きはとても美しいです。テンポも動きますし、表現も大きく積極的です。コーダに入って空気を突き破って届くようになりました。
二楽章、また、優しい響きの第一主題。ガラス細工のようなデリケートで繊細な演奏です。
三楽章、トリオからぐんとテンポを上げて躍動感のある演奏になりました。主部が戻るとあまり表情の無い力の抜けた演奏です。
四楽章、突然もの凄いエネルギーで爆発する嵐です。これまでの優しい響きからは一変です。深く刻まれる弦。激しいティンパニやトランペット。
五楽章、祈るような主要主題。この楽章では再び柔らかくとろけるような優しい響きになっています。
とても優しい響きの美しい演奏でしたが、四楽章の嵐は一転してオケを爆発させた表現の振幅の広い演奏でした。ヤルヴィの指揮もテンポを動かしてしっかりと主張した良い演奏でした。
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フィリップ・ヘレヴェッヘ/オランダ放送室内管弦楽団
★★★★★
一楽章、速いテンポでまろやかな響きの第一主題。デュナーミクの変化も大きく敏感に反応します。第二主題では少しテンポを落とします。とても良く歌いテンポの動きもあって活発な演奏です。
二楽章、マイルドな響きで揺り籠に揺られるような第一主題。とても良く歌います。ふくよかで繊細な響きがとても美しい。
三楽章、この楽章も速いテンポでデュナーミクの変化をしっかりと聞かせる演奏です。楽しげな様子が上手く表現されています。
四楽章、オケの編成が小さいので嵐の迫力はありませんが、ティンパニが良い音で雷鳴を表現しています。
五楽章、すがすがしい第一主題。マイルドな響きの中にもしっかりとエッジの立ったしっかりとした響きです。
まろやかな響きですが、デュナーミクの変化にも敏感で生き生きとした表現の演奏でした。三楽章の楽しげな様子や四楽章のティンパニなどの表現もとても良かったです。
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ベルナルト・ハイティンク/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
★★★★★
一楽章、あまり間を空けずに速めのテンポで演奏されています。ハイティンクらしい引き締まった表情の演奏です。きびきびと反応するオケ。微妙な表現にも一体になって反応するオケには感心させられます。
二楽章、暖かい響きの冒頭。しっかりと地に足の着いた第一主題。豊かな響きのファゴットの主題。上品な歌があります。色彩感が際立っていて、個々の楽器が美しく浮かび上がります。いつものハイティンクらしい中庸の演奏ですが、静寂感があって清涼感もあるすがすがしい演奏です。
三楽章、速いテンポで、品良く歌います。トリオからさらにテンポを速めて活発な表現です。
四楽章、嵐の前の不穏な空気を上手く表現している冒頭。嵐でもそんなに激しくはなりません。
五楽章、ゆったりと内面から湧き上がる感謝を表現する主要主題。穏やかですが、ピリッと引き締まった演奏はさすがです。すがすがしく晴れやかな雰囲気で終えました。
ハイティンクらしい誇張の無い中庸の演奏でしたが、ピリッと引き締まった演奏で、描写も上手く表現されていて見事でした。
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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1954年
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一楽章、非常にゆったりとした第一主題。しかも大きく歌います。今まで聞いた中でも一番遅い演奏です。凄く重くスケールの大きな感じがします。テンポも感情に合わせて動きますが聞いていて不自然さは全く無く、納得できるテンポの動きです。
二楽章、この楽章もゆっくりとそしてテンポの動きを伴って表現される第一主題。第二主題はしつこく無くサラサラとした感じでした。深い歌に引き込まれて行きます。
三楽章、この楽章も遅いテンポから始まりましたが次第にテンポを速めました。オーボエの主題が出るあたりでは僅かに遅い程度のテンポです。田舎の人々の楽しさよりもテンポを速める時の凄味の方が印象に残ります。
四楽章、嵐でオケは爆発します。弱音からトゥッティまでの振幅の幅が凄く広いです。それにしても演奏は重量級で重いです。
五楽章、穏やかさよりも激しさを感じさせる演奏です。全曲を通じてホルンがかなり強いです。コーダも凄くゆっくりとしたテンポでした。
表題や描写を意識した演奏では無かったようです。かなり重く深い演奏でしたが、これはこれで良い演奏だったと思います。
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クリストフ・フォン・ドホナーニ/クリーブランド管弦楽団
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一楽章、ふくよかで柔らかい響きですが、速めのテンポで活発な表現です。第二主題に入って僅かにテンポが遅くなりました。ピラミッド型の安定した響きはとても美しいです。テンポが速いので付点音符が僅かに甘くなる部分もあります。
二楽章、とても豊かな響きで、安らかな表現です。さらさらと流れていく音楽。大きな表現は無く自然体です。コーダはとても穏やかでした。
三楽章、この楽章も速いテンポで活発に動きます。
四楽章、嵐の前の不穏な空気を上手く表現しています。嵐は分厚い響きに圧倒されますがそれでも美しくふくよかな響きは失いません。
五楽章、安らかな主要主題。分厚く豊かな響きはとても魅力的です。流れる音楽にどっぷりと浸って酔いしれることが出来ます。
ふくよかで分厚い響きでしたが、弱音の繊細さもあり、最後は音楽にどっぷりと浸ることができる素晴らしい演奏でした。
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