ベートーヴェン 交響曲第1番
ベートーヴェンの交響曲第1番は、1799年から1800年にかけて作曲され、1800年にウィーンで初演されました。この曲は、ベートーヴェンが交響曲というジャンルでの新たな挑戦を始めた記念すべき作品で、ハイドンやモーツァルトの影響を受けつつも、随所にベートーヴェンらしい独創性が感じられる作品です。
曲の特徴
- 古典派の伝統を継承しつつも革新的
ベートーヴェンは、当時の交響曲の形式を守りつつも、斬新なアイディアを加えています。たとえば、序奏部分に不協和音を含ませるなど、従来の慣例を破る瞬間があり、聴衆に新鮮な驚きを与えました。 - 明るく軽やかな雰囲気
第1番全体として、非常に明るく、軽やかでユーモラスな雰囲気が漂っています。この明るさや親しみやすさが、聴きやすい交響曲として人気を集めています。また、弦楽器の活躍が目立ち、オーケストラ全体で生き生きとした響きが感じられます。 - ベートーヴェンのユーモアと個性
ベートーヴェンらしいユーモアが随所に見られるのも特徴です。特に第4楽章の序奏部分では、わざとじらすような和音の進行が使われ、聴衆を驚かせます。これは当時としては斬新で、ベートーヴェンの個性が表れた部分です。
各楽章の概要
- 第1楽章:Adagio molto – Allegro con brio
ゆったりとした序奏に続き、明るく元気な主題が登場する。ベートーヴェンらしいリズムとエネルギーが特徴的。 - 第2楽章:Andante cantabile con moto
ゆったりとしたテンポで、歌うような美しい旋律が展開される。穏やかで心地よい雰囲気が漂う。 - 第3楽章:Menuetto: Allegro molto e vivace
伝統的なメヌエット形式ですが、ベートーヴェンはそれを速いテンポで演奏させ、ほぼスケルツォのように躍動感のある楽章に仕上げている。軽快で遊び心のある楽章。 - 第4楽章:Adagio – Allegro molto e vivace
序奏で少しじらしたあと、元気な主題が軽快に展開される。明るく華やかな終結が印象的で、聴き終わると爽やかな気分になる。
総評
ベートーヴェンの交響曲第1番は、彼が古典派の形式を尊重しながらも、新しい時代を予感させる要素を盛り込んだ意欲作です。まだ「ベートーヴェンらしい」大胆さや劇的さは控えめですが、音楽のエネルギーと遊び心があり、次に続く交響曲の発展を感じさせる作品といえるでしょう。
ベートーヴェン 交響曲第1番名盤試聴記
朝比奈 隆/新日本フィルハーモニー管弦楽団:ベートーヴェン交響曲第1番
★★★★★
一楽章、かなり遅めのテンポをとっています。とても確実な足取りで進みます。意表を突くようなテンポの動きや表現はありません。あくまでも楽譜に忠実に演奏されています。
二楽章、ゆりかごに揺られるような心地よさ。
三楽章、ここでも遅めのテンポです。
四楽章、力まない自然体を貫き通しています。自然体と言うのは、簡単ですが実際に演奏として結実させるのは至難の業だと思います。
単に、音を出すという行為一つとっても、「自然に」というのは極めて難しいことなのです。
そして、それができた時には、すごく良い音が出るのですが、それが出来る人たちが集まって、音楽をする時にも力まずに音楽として作り上げる精神力はすごいものだと思います。
朝比奈 隆/大阪フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、打点を探るようなアインザッツの緊張感があります。ハイドンの影響を強く残しているとしわれている一番ですが、朝比奈はあまり意識していないようで、この曲でもスケールの大きな演奏です。
力強いトランペットでした。
二楽章、とても優しい音楽です。朝比奈の演奏では、このようなテンポの遅い楽章の穏やかさは際立っています。懐の深さと言うか、音楽にどっぷりと浸ることができる演奏は、本当にすばらしいです。
三楽章、この楽章も堂々とした歩みでした。
四楽章、かなり思い切った入り方をするティンパニが気持ち良い。音楽に推進力もあるし生命感を感じさせる演奏です。
それを実現した朝比奈と新日本poに惜しみない拍手を送りたいと思います。
エフゲニー・ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、かなりゆっくり目の導入です。これは7番の録音から20年も経過しているので、綺麗な音で録音されています。
ムラヴィンスキーの精緻な音楽作りがよく分かります。また、オケの指揮に対する反応の敏感さもすごいものがあります。
二楽章、きちっと決まるアンサンブル。厳格な音楽。すばらしいのですが、少し遊びがほしいような気もします。
三楽章、ダイナミックの変化が大きく激しいですが、乱れはありません。すばらしい統率力です。
四楽章、すごいエネルギー感です。レニングラードpoはこの曲でも本気度100%です。
すごい気合の入った演奏です。これだけ気合の入った一番は初めてです。
オイゲン・ヨッフム/ロンドン交響楽団
★★★★★
一楽章、音の終わりに余韻を残すような音符の扱いで、丁寧な演奏です。
コントラバスもしっかり下を支えています。オケの反応も敏感でヨッフムの意図を反映しています。
木管楽器の表情が豊かです。強弱の表現などアーティキュレーションにたいする表現がとても積極的で、活発な動きのある音楽で、生き生きした演奏です。
二楽章、積極的な表現が印象的です。
三楽章、はつらつとしていて、とても気持ちの良い演奏です。希望のようなものが感じられる演奏です。
四楽章、ベートーヴェンの演奏としては反応が良すぎて、軽快すぎるかもしれませんが、一番なのでこれでも良いのかもしれません。それにしても、聴いていてこちらが元気になるような活気溢れる良い演奏です。
デヴィッド・ジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
★★★★★
一楽章、表情が豊かです。ベーレンライター版の演奏ですが、冒頭部分はそんなに速いテンポではありませんでした。
強弱の変化が極端と言うか、アクセントがとくに突出するように表現されるので、奇異な感じもしますが聴いていて面白いです。
オケもジンマンの指揮に機敏に反応するので気持ち良い。表現はダイナミックと言うか思いきりが良いと言うか、変に聴き手に媚びるようなことがない。
悪く言えばやりたい放題!ベートーヴェンを冒涜しているのかとさえ思えるくらい、これまでの演奏とは違う。
しかし、ここまで徹底して自分の音楽をすることには賛辞を贈りたいと思います。
私は、この演奏のような個性的な演奏をすること自体すごい勇気のいることだと思うので、それをしてしまう指揮者が好きです。評論家の評価なんて二の次というような演奏をする人が良いですね。
二楽章、編成も小さいのでしょうか、重厚な響きはありませんが、精緻で見通しの良い音楽です。
ここでもバロックティンパニが大活躍です。
三楽章、元気が良くて、少し重心が高いような身軽さが持ち味で、俊敏な表現がとても良いです。
ただ、この演奏を面白いと思えるのは、いくつかの過去の名演奏と言われるCDを聴いているからで、はじめてベートーヴェンを聴く人はこのCDは買わないようにしてください。この先、このような演奏が主流になるのかも知れませんが、まだどうなるかは分かりません。
また、この演奏が評価されても過去の名演が色あせるわけではありません。
四楽章、勢いがあって、楽しい演奏です。とにかく反応の良いオケです。ティンパニもすごく良い!
表情がすごく豊かで、初演当時革新的な意欲作だったことを思わせてくれる貴重な演奏だと思います。
ブルーノ・ワルター/コロンビア交響楽団
二楽章、優しさが溢れるような演奏です。ワルターの音楽に対する愛情が感じられる丁寧な演奏です。
三楽章、強弱の変化にオケが機敏に反応します。
四楽章、積極的な音楽作りが感じられます。オケの自発的な音楽表現があるように感じます。とても生き生きとした音楽が聴けます。
なかなかの名演だったと思います。
パーヴォ・ヤルヴィ/ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、非常に注意深い序奏。縦にガツンと来ます。速いテンポの第一主題。強弱の変化がとても克明です。静寂感と緊張感もあります。とても良く歌い表現力豊かです。トランペットも鋭く突き抜けて来て、色彩感も豊かです。ダイナミックで生命感に溢れた演奏です。最後にティンパニの強烈な一撃がありました。
二楽章、この楽章もとても速いテンポです。踊るように軽快です。強弱の変化はとても厳格に付けられています。
三楽章、強弱の変化が凄くダイナミックです。強い部分はかなり思い切って演奏していて躍動感があります。
四楽章、弱音も消え入るような静かさです。快速の第一主題。ティンパニも強打しますがとても気持ちいい一撃です。凄い勢いと集中力です。小さい編成を生かした機敏な反応。最後もティンパニの強烈な演奏でした。
凄い躍動感とダイナミックな演奏で、聞いていてとても気持ちの良い演奏でした。
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クリスティアン・ティレマン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、重厚な序奏です。とてもゆったりとしたテンポの演奏です。遅めのテンポで演奏される第一主題。最近のベーレンライター版のテンポ指定とは明らかに違う。古いスタイルの演奏です。速いテンポでも遅いテンポでもどちらでも十分に鑑賞に堪える音楽であることはベートーベンの交響曲の完成度の高さを示すものでしょう。ウィーンpoの充実した美しい響き。自分たちのベートーベンを演奏すると言う自信に満ちた堂々とした演奏です。
二楽章、消え入るような弱音から始まりました。優しくテンポが動きます。ティーレマンが微妙な表情付けをしています。この楽章ではテンポが良く動きます。とても繊細で美しい音楽です。
三楽章、この楽章は速いテンポです。テンポもフルトヴェングラーのように動きます。
四楽章、ゆっくりと注意深い序奏。一転して快速な第一主題。ウィーンpoが嬉々として演奏しているように感じます。ある程度オケに任せているのでしょうか。決して荒くなることは無く、美しい演奏でした。
ウィーンpoの伝統に根ざした演奏をティーレマンがしました。ティーレマンは最近のベーレンライター版には興味が無いのでしょうか。でも、ウィーンpoの自信に満ちた非常に美しい演奏はなかなかのものでした。
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ジョン・エリオット・ガーディナー/オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク
★★★★★
一楽章、豊かな響きの序奏。やはりピリオド演奏らしく、速いテンポの第一主題。力強いと言うほどではありませんが、推進力はあります。また、強弱の変化も俊敏ででとても反応の良いオケ。とても締まった演奏で、静寂感や緊張感もあります。
二楽章、この楽章も速いテンポで、ぐいぐいと進みます。速いテンポですが、微妙な表情はしっかりと演奏されています。非常に積極的に表現しています。
三楽章、この楽章でも強弱の変化が鋭角的に付けられています。音楽はどんどん前へ進もうとします。強奏部分では激しい音楽です。
四楽章、この楽章の第一主題もかなり速いですが力強く表情が付けられています。
速いテンポでしたが、鋭角的で俊敏な強弱の変化。豊かな表情と力強い演奏はとても良かったです。
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ラファエル・クーベリック/ロンドン交響楽団
★★★★★
一楽章、力みが無く自然に消えて行く序奏。第一主題に向けても強引にテンポを上げることは無く、とても自然な音楽です。歌も誇張することなくとても自然です。鋭い強弱の変化はありませんが、この自然で脱力した音楽もなかなか良いものです。
二楽章、とにかく優しい表情の演奏です。作品を慈しむような丁寧で愛情のこもった音楽です。
三楽章、ゆったりとしたテンポで舞うような演奏ですがとても穏やかで伸びやかです。
四楽章、この楽章でも泰一主題に入るのに強引なテンポは取りませんでした。とても自然に動いています。
全く力みの無い自然な音楽はとても優しく、作品を慈しむような丁寧な演奏でした。鋭い強弱の変化はありませんでしたが、自然体で大らかな演奏はとても魅力的でした。
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サー・ゲオルク・ショルティ/シカゴ交響楽団
★★★★★
一楽章、めりはりがあって元気な演奏です。とても表情のはっきりとした第一主題。かなり激しくダイナミックです。強弱の変化も克明です。若さや活気に溢れた演奏です。
二楽章、オケを明快に鳴らして、色彩感もとても豊かです。これまで聴いてきたどの演奏よりもダイナミックレンジが広いような感じがします。
三楽章、元気で明るく、良く歌います。音楽にも前へ進むエネルギーがあります。
四楽章、ゆったりとした序奏から、活発な第一主題への変化も素晴らしい表現でした。すごいエネルギー感です。猛烈な勢いで前へ進む音楽。
素晴らしいエネルギーで活気に溢れて、元気いっぱいの演奏は、この作品にピッタリの演奏でした。
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エマニュエル・クリヴィヌ/ラ・シャンブル・フィルハーモニク
★★★★★
一楽章、繊細と言うべきか、細い響きの序奏。鋭敏な響きでスピード感のある演奏です。非常に積極的で動きがあります
二楽章、非常に速いテンポです。緩徐楽章ですが、とても躍動感があって、颯爽と進んで行きます。古楽器の個性の強い色彩感がとても豊かです。
三楽章、ガリガリと食付くような弦。強弱の変化にもとても敏感です。
四楽章、快速な第一主題。とてもリズム感が良くて、ぐいぐい進む流れをどの楽器も邪魔しません。古楽器の特性もあるのか、凄いスピード感と必死に演奏している感じが伝わって来ます。
この作品にオケが全力でぶつかったような演奏でした。ガリガリと刻み込まれる弦の凄みはなかなかのものでした。また、それぞれの楽器の個性的な響きによる豊かな色彩感もとても良かったです。
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ヴォルフガング・サヴァリッシュ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
★★★★★
一楽章、いろんな音が聞こえる序奏。とても豊かに歌います。ヴェールに覆われたような美しい弦。トランペットが良く聞こえます。重心の低いどっしりとした演奏です。
二楽章、穏やかで美しい演奏です。この作品の若々しさや溢れるエネルギーよりも作品としての完成度の高さを示しているような演奏です。作品を正面からとらえた誠実な演奏です。
三楽章、この楽章もとても落ち着いています。
四楽章、軽快な第一主題ですが、背景には深みのある響きがあります。決して大騒ぎすることは無く、とても大人の演奏と言う感じがします。
奇をてらうことなど、全く無く作品を正面から向き合った演奏でした。とても穏やかで大人の演奏は、この作品の違う面を見せてくれたと思います。
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セルジウ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、チェリビダッケ独特の非常に遅いテンポで丁寧に演奏されています。第一主題もすごく遅いですが、シルキーな美しい響きです。テンポは遅いですが、巨大ではなく、精密機械のような繊細さです。普段聞く演奏だと、元気はつらつとした音楽だと思っていましたが、これだけ遅いテンポだととても穏やかで優雅な音楽に聞こえます。
二楽章、この楽章も遅いですが、極端に遅いと言う程ではありません。微妙な強弱の変化がフレーズの中にもあり、とても集中力と緊張感の高い演奏になっています。ガラス細工のような美しく繊細な演奏は素晴らしいです。
三楽章、この楽章も遅いテンポですが、許容範囲です。極端な強奏をすることは無く、透明感の高い美しい音色の範囲で演奏しています。
四楽章、非常に透明感の高い第一主題。力強さはありませんが、優雅な美しさは際立っています。
ガラス細工のような透明感の高い繊細な演奏は素晴らしかったです。これだけテンポが遅いと、穏やかで優雅な演奏になると言うのが新しい発見でした。
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