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たいこ叩きのマーラー 交響曲第7番「夜の歌」名盤試聴記
サー・ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団
★★★★☆
一楽章、克明な弦の刻み。鮮明で明るいテノールホルン。1971年の録音とは思えないような鮮度の高い音です。ブラスセクションの充実した響き。音楽が力強く、前へ進もうとします。時にテンポを煽ったりします。極端な弱音はありませんが、その分弱音時でも楽器の動きが手に取るように分かります。無機的とよく言われるショルティの演奏ですが、夜の雰囲気はしっかりとあります。古典派の作品を演奏すると、素っ気無い演奏になる場合もありますが、マーラーのようにスコアにぎっしりと書き込んである作品の場合は良い演奏になります。終盤、大太鼓の一撃で歪む場面もありました。
二楽章、ホルンや木管の表情が豊かです。明るいホルンの主要主題。楽譜のアーティキュレーションに忠実でやや極端に演奏しているようで音楽が生き生きとしています。チェロの第二主題もよく歌います。オケの響きには締まりがあり、色彩感も濃厚です。オケの動きが活発で元気なので「夜曲」のイメージとは違うような「昼」のような雰囲気です。
三楽章、怪しげな雰囲気がとても良く表現されています。オケもアーティキュレーションの指定に敏感に反応するので、ショルティは高性能のF1マシンでもドライブしているかのように感じます。音が一つ一つ立っていて音楽が生き物のように迫ってきます。ティンパニの強打もバチーンと決まります。この表現の豊かさはすばらしい。バルトーク・ピチカートも一人で演奏しているかのようにピタリと揃っていました。
四楽章、個々の楽器を克明に捕らえたマルチ録音の集大成のように、オンマイクで間接音をほとんど伴わずに楽器の動きが手に取るように分かります。この楽章も「夜曲」のイメージとは違います。あまりにも個々の楽器が表面に出てきてしまって、白日に晒されているような感じの音楽になってしまっています。演奏自体は表現力もあるし、もちろんオケも抜群に上手いだけに、ちょっと残念ですが、逆に五楽章などでは良い方に働くでしょう。
五楽章、豪快に鳴る金管。思いっきり強打されるティンパニ。テンポ設定もとても動きを感じさせる生命観に溢れたものです。速目のテンポを基調に一気に聞かせます。豪快に鳴るブラスセクションの合間に優しい弦の響きが心地良いです。とにかく反応の良いオケが生き物のように音楽を奏でています。ショルティ/シカゴsoの実力をまざまざと見せ付けられます。
二楽章と四楽章の「夜曲」が賑やか過ぎた他は完璧な演奏でした。
クルト・マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
★★★★☆
一楽章、速めのテンポで極めて弱くビブラートを掛けたテノールホルン。マーラーが「自然が咆哮する」と述べているのとはかなり印象が違います。渋く充実したトゥッティの響き。奥深いところから響いてくるような第一主題。遠くから優しく響く第二主題。展開部のトロンボーン独奏もビブラートがかかっています。この曲の演奏としては異色の感じで、柔らかく渋い響きはとても魅力的です。
二楽章、独特の美しさを持ったホルンの主要主題。豊かな残響のホールに広がる美しい木管。この楽章も速めのテンポです。生き生きと歌う第二主題。中間部のオーボエも独特の美しさと歌があります。美しい響きなのですが、暖色系の響きのせいか、この楽章はあまり「夜曲」を感じさせる演奏ではありません。
三楽章、シルクのようなヴァイオリンの美しい響き。非常に抑えた音量の演奏です。この楽章は暗闇にうごめくような夜の雰囲気があります。室内楽のようにコンパクトにまとまった演奏です。
四楽章、この楽章もとても静かな演奏です。この弱音がとても美しいです。深く感情移入して大きくテンポが動いたり、アゴーギクを効かせて歌うようなこともありません。静かに淡々と流れて行きます。
五楽章、この楽章も非常に抑えた主要主題の演奏で、夜から白昼に放り出されたような違和感はありません。軽いティンパニ。楽しげな木管。あまりにも抑えた演奏なので、ミュートしたトランペットがチビッたような感じがしました。テンポは基本的に速いです。金管を強奏させないので、とても柔らかい音楽になっていて、通常演奏される祝典的な雰囲気とはかなり違っていて、そのために夜の歌としての連続性が保たれています。
最後まで、静かな演奏で、通常なら、五楽章がお祭り騒ぎになるところを、夜の歌としての一貫性が保たれていたのは、すごいことです。ただ、最後まで音量を制御したことで、巨大な編成の響きを引き出さずに終わってしまったのもまた事実で、この演奏をどう評価して良いのか迷うところです。でも、この曲の違う一面を聞かせてくれたことは評価したいと思います。
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クラウディオ・アバド/シカゴ交響楽団
★★★★
一楽章、すごく静かに始まりました。明るいテノールホルンが浮き上がります。続く木管やトランペットもくっきりと浮かび上がります。美しい弦は控え目で管楽器が強調されています。木管楽器の行進曲調の主題はゆっくりと演奏されました。ピーンと張り詰めた緊張感が漂います。オケを咆哮させることなく、非常に均整の取れた演奏をしています。バランスを重視するあまり重量感には欠けるかも知れません。低域が薄いのも重量感に欠ける演奏にしている一因かもしれません。
二楽章、遠めのホルン。じっくりと間を空けて演奏されます。涼しげな木管が夜の雰囲気を醸し出します。良く歌うチェロの第二主題、繋がる木管も滑らかです。弱音はすごく弱いです。抑制の効いたオーボエの中間部の旋律。前へ出てくる楽器と奥まったところで小さく鳴る楽器の対比がしっかりしています。終了直前の木管の見事なアンサンブル。
三楽章、とてもゆっくりとしたテンポで始まり、次第にテンポを上げました。たどり着いたところはかなり速いテンポです。全体的に抑制が効いていて静かな演奏です。弦楽器の表情も豊かです。金管もそれなりに強奏しますが、騒々しくはありませんし刺激的でもありません。
四楽章、とても静かな演奏です。音像が小さく遠くに定位する感じで、コンサートホールの中央より少し後ろで聞いているような感じです。とてもバランスに配慮されているようで、どれかの楽器が飛び抜けて来ることはありません。でも、色彩感はあります。
五楽章、控え目なティンパニ。強奏はしますが、全開ではない金管。木管のアンサンブルはとてもチャーミングで魅力的です。ショルティの指揮で聴くシカゴsoは金管のパワーが強調されますが、この演奏では、弦楽器の繊細な響きも含めた弱音の美しさが随所で聴かれます。金管は絶対に吼えることはなく、かなり抑制されています。その分、弦や木管の弱音に耳が行くようになります。
7番の演奏としてはかなり異色の演奏だと思います。こんな演奏もあるのかと感服させられました。
パーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送交響楽団
★★★★
一楽章、柔らかく美しいテノールホルンですが、痛恨のミストーン。とても美しく透明感の高い響きです。颯爽とした第一主題。展開部で現れる第二主題も非常に美しい。豊かなホールトーンを含み、水彩画のような淡い色彩感ですが、美しく精緻な演奏です。ことさらテンポを動かすことは無く、淡々と進みますが、オケは良くドライブされていて、気持ちよく鳴ります。最後の音が終っても長いホールトーンが響きます。
二楽章、アゴーギクを効かせるホルン。次々と登場する木管がくっきりと浮かび上がります。演奏があまりにも鮮明で「夜曲」とは思えません。第二主題も生気に満ちています。速めのテンポであっさりとした中間部。生気に満ちてとても元気な「夜曲」です。
三楽章、鋭角的でピーンと張った響きが緊張感を醸し出します。中間部のテンポは速めです。旋律の周りにちりばめられた楽器が強く主張します。マーラーのスコアの細部まで見通せるような演奏です。月明かりの明るい満月の夜のようです。
四楽章、速いテンポで、この楽章でも夜のけだるさや静けさはありません。とても活発な演奏です。もしかしたら、五楽章とのつながりの違和感を無くすためにこのような活発な演奏をしているのかも知れません。オケのきりっとした明快な音色も「夜曲」からは遠いものにしているようです。
五楽章、歪んでいるのか、バリバリのティンパニ。がっちりとした主要主題。堅固な構成力です。活発な木管も含めてとても動きがあって、生き生きとしています。これは速めのテンポを取っていることも影響しているかも知れません。カラッとした快晴をイメージさせるようなすがすがしい演奏です。
「夜の歌」と言う表題からイメージする陰鬱な部分は全く無く、あっけらかんとした演奏でした。
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レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック
★★★★
一楽章、暗く重い雰囲気で引きずるような冒頭。テノールホルンもほの暗い響きです。これから壮絶な演奏が始まることを予感させます。木管の行進曲調の主題もとても遅いです。濃厚で重いトゥッティ。テンポを速めて第一主題へ。第二主題も重くロマンティックな雰囲気はありません。トロンボーンの独奏は最初弱い音で入り次第に大きくなりました。物凄く強大なエネルギー感に圧倒されるコーダです。
二楽章、アゴーギクを効かせる序奏のホルン。続けて出る木管が夜の雰囲気を醸し出します。穏やかな第一主題。第二主題の最初の音を僅かに伸ばしました。この楽章も音楽は重く、刻み付けるような力があります。中間部も非常に遅く、たっぷりと歌うオーボエ。華やかな色彩感はほとんど感じることは出来ません。バーンスタインの強い主張が全体を貫いていてどんどん深みに引きずり込まれます。
三楽章、暗闇の中で遠くから響いてくるような冒頭部分です。この楽章も重い響きが支配しています。ティンパニの強烈な一撃。叩きつけるような濃厚な表現からデリケートたったりうつろだったりする表現まで、とても幅広い。鋭く深く突き刺さるバルトーク・ピッィカート。
四楽章、思い入れたっぷりのヴァイオリンのソロ。テンポを大きく動かして歌います。とても繊細な表現で「夜」を演出しています。ギターとマンドリンが寂しげな夜の雰囲気を上手く表現しています。穏やかな中間部も低弦が唸りを上げると深い闇に引き込まれて行くようです。主部が戻ると、また非常に感情のこもった表現になります。クラリネットのソロの手前でかなりテンポを上げました。
五楽章、盛大に白昼に投げ出されたような、目がくらむような急展開。ニューヨーク・フィルのパワー全開です。バーンスタインはこの楽章を八番の交響曲に繋がるものと考えていたのでしょうか。鋭角的な金管が、この楽章をこれまでの楽章と切り離したような演奏にぴったりです。これまで聴いたことのないような壮大なコーダ。
凄い演奏ではありましたが、五楽章があまりにも割り切れすぎていて、私には少し違和感がありました。
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マイケル・ティルソン・トーマス/サンフランシスコ交響楽団
★★★★
一楽章、ユーフォニアムのような楽器を使っているテノールホルン。透明感の高い木管。ダイナミックで濃厚な色彩感。鋭く深く抉るようなホルン。テンポは速めでとても動きがあり活発な演奏です。マイケル・ティルソン・トーマスのサインに二度反応しなかったトランペット。ダイナミックでとても良く鳴るオケですが、雑にはならず透明感の高い響きです。コーダの前はかなりテンポを煽って速いテンポになりましたがコーダでは元のテンポに戻りました。
二楽章、表情豊かなホルン。透明感の高い木管が非常に魅力的です。淡々としたホルンの主要主題。思い切りの良いティンパニ。最初の音を伸ばしたチェロの第二主題は美しく歌います。サラッとした淡い感じですが、美しい色彩感です。中間部のオーボエはすごく感情を込めて歌います。消え入るような弱音から弦楽合奏の豊かな響きまで、幅広いダイナミックレンジです。主部が戻った第二主題はとても良く歌います。流れるようでありながら良く歌う不思議な演奏です。
三楽章、サンフランシスコsoはいつからこんなに美しい響きになったのでしょう。反応が良くしかも美しい響きはすばらしいです。アメリカのオケでもトップクラスなのではないでしょうか。とても俊敏な反応の演奏です。瑞々しく艶のあるヴァイオリン独奏。気持ちよく鳴り響く金管。バルトーク・ピチカートでアンサンブルが乱れました。最後はテンポを落として黄昏て行きました。
四楽章、柔らかく美しい主題。俊敏な反応をするオケ。マンドリンが良く通る音で演奏しています。中間部に入る前の部分ではテンポを速めましたがすぐに遅くなりました。中間部では良く歌うホルン。大河の流れのように豊かな弦楽合奏。あまり夜の雰囲気は感じられませんでした。
五楽章、威勢のいいティンパニ。艶やかで輝かしい金管の主要主題。全開ではありませんが、軽々と鳴るブラスセクション。豊かな表情の木管。五楽章になって突然白昼に放り出されたような感覚ではありませんでした。この演奏自体が夜をあまり意識していないからかも知れません。テンポは速くなったり遅くなったり変化します。オケの集中力があまり無いのか、ミスが目立ちます。テンポの速い部分はかなり速くなります。最後はすさまじいホルンの咆哮でした。
表題にとらわれず、あまり夜を感じさせない演奏で、五楽章が浮くことはありませんでした。とても美しく透明感の高い響きはすばらしいものでしたが、ちょっと集中力が無かったのか、ミスが目立ったのは残念でした。
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