たいこ叩きのマーラー 交響曲第9番名盤試聴記
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
★★★★★
一楽章、残響に乏しい音場に孤立感があります。ちょっと不安定なホルン。すこし速めの第一主題。僅かに控え目な第二主題。金管の見事なアンサンブル。シンコペーションがとても強調されていて、裏で動く金管もとても克明です。荒れ狂うようなことは無く、整然とした演奏です。ベルリンpoも余裕を持って美しい演奏を続けています。消え入るような最弱音に引き込まれます。色彩感もとても豊かです。強烈なエネルギーの銅鑼の一撃に続いてこれまた強烈なトロンボーンのシンコペーション。色んな楽器が交錯して行くところをとても立体的に表現します。すばらしい表現力です。弱音部で演奏されるソロ楽器がそれぞれしっかりと立っていて、強い存在感を主張します。柔らかく美しい楽器が連なったコーダでした。
二楽章、くっきりと立ったクラリネット、穏やかなホルン。活発な弦。ホルンがトリルをたまにクレッシェンドします。しっとりとした弦の響きがとても美しい。Bへ入っても急激なテンポの変化がなくすんなりと入りました。金管楽器は若干抑え目で、弦を主体に音楽が作られて行きます。穏やかなC、木管楽器が生き生きと演奏します。二度目のBは一度目よりも速いテンポでスピード感があります。造形が整っていてとても美しい構造の演奏です。Aの再現はとてもゆったりとしたテンポで始まりました。フルートのフラッターがとても良く聞こえます。Bが再現するあたりからホルンの低い音が強烈に響きます。次第にテンポを上げてかなり早くなったところでAが再現します。どの楽器も極上の響きで登場するあたりはさすがにベルリンpoと思わせる演奏です。最後は少しテンポを落として終りました。
三楽章、明快な金管。活発な動きで生き生きとした音楽です。彫りの深い音楽で、とても克明に描かれています。金管はかなり強奏しますが、理性の及ぶ範囲にとどまっています。Bも豊かな色彩です。美しい造形を保ちながら深い彫琢の音楽が繰り広げられます。最後はベルリンpoの上手さを見せ付けるように豪華絢爛な響きで終りました。
四楽章、緊張から穏やかで安堵感のある音楽に移行する弦の第一のエピソード。すごく弱く演奏されたファゴット。控え目なホルン。ヴァイオリン独奏などの弱音部に凄いエネルギーが込められています。弦楽合奏も凄いアンサンブルの精度で、他にも重なり合う管楽器も有機的で、カラヤンの見事な統率が伺えます。弱音に込められるエネルギーと言うか魂とでも言えば良いのか、凄い雰囲気です。第二のエピソードでも弱音で木管の発するメッセージの強さと美しさの引力に引き込まれそうになります。クライマックスでの伸びやかなトランペットもすばらしい。次第に惜別の悲しさを訴えて来ます。この世のものとは思えないような美しいコーダ。別れ際にそっと抱きしめられるような別れです。
これほど有機的な演奏に出会うことはめったに無いと思います。すばらしい演奏でした。
レナード・バーンスタイン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
マ>★★★★★
一楽章、ゆったりとしたテンポで暗闇に浮かび上がる楽器が神秘的です。とても感情のこもってたっぷりとした表情で穏やかな第一主題です。ホルンの二度下降動機から暗転します。金管もかなり強奏します。凄い金管の咆哮。音楽の振幅がものすごく激しいです。くっきりとしたくま取りで積極的に表現します。同じベルリンpoでもカラヤンの演奏とはかなり違った作品への没入です。作品と一体になったバーンスタインが強いエネルギーを発散しています。一音一音に意味を持たせたような生命感に溢れる演奏です。コーダの前のホルンも美しい。コーダのヴァイオリン独奏も柔らかく美しい。
二楽章、快速なテンポで抜けの良いクラリネット。とても積極的で表情豊かで生き生きした演奏です。途中から入ってくる楽器が思いっ切り良く入って来ます。Bからもにぎやかで活気に満ちています。Cは少しテンポを落として穏やかな表現ですが時折顔を出すAの要素はとても活気に溢れています。とにかく生き物のように音楽が動き回ります。再び入るCへはゆっくりと入りました。音一つ一つに強いエネルギーがあって、この時の演奏の集中度の高さを感じさせます。
三楽章、トランペット、弦、ホルンの入りに独特の間があります。トランペットとホルンの間に入る弦がもの凄い勢いとエネルギーでした。とても積極的な表現で、入ってくる楽器が思い切って強く入りますのでとても色彩感も濃厚です。柔らかい部分と激しい部分の描き分けがとてもはっきりしています。最後は強烈に荒れ狂って終りました。
四楽章、冒頭の緊張感から穏やかで心安らぐ主要主題へと引き継がれます。非常に感情のこもった、思い入れたっぷりのメロディーが波のように押し寄せる演奏です。抑揚があって大きく歌います。すごい感情移入で、こちらも引きずり込まれます。太く艶やかなヴァイオリン独奏。一つ一つの音に強いエネルギーがあって、とても感動的です。音楽が次々と湧き上がってきてとても豊かです。第二のエピソードの前では、バーンスタインの唸り声も聞こえます。強烈に叫ぶトランペット。一つ一つの音に感情が込められていて、とても重い。コーダに入っても一つ一つの音には力があり、浮遊感はありません。別れの悲しさはあまり感じませんでした。
レナード・バーンスタイン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
★★★★★
一楽章、ゆっくりと丁寧な冒頭。柔らかく豊かな第一主題。第二主題の分厚い響き。濃厚な色彩で描かれて行きます。非常に重い展開部冒頭。別れの切なさを切々と歌います。輝かしいブラスセクション。別れの空虚さを何度も垣間見せます。オケは気持ち良いくらいに鳴り響きます。トロンボーンのシンコペーションも凶暴です。ミュートを付けたトランペットの音がキリッと立っていて演奏の集中度の高さを感じさせます。コーダ手前のハープに導かれるホルンやクラリネットもとても美しい。寂しげなコーダ。
二楽章、くっきりと美しいクラリネット。控え目なホルン。艶やかで美しい弦。登場してくる楽器が有機的に結びついて生き物のように生き生きとした演奏です。オケがコンセルトヘボウだからと言うこともあると思いますが、とにかく色彩が豊かで、濃厚で油絵を見ているような感覚です。目の覚めるようなシンバル。ビンビン鳴り響くトロンボーン。どの楽器をとってもすばらしい!最後のAが出現するところの急激なテンポの変化(遅くなる)には驚きました。
三楽章、最初のトランペットとホルンの間に「間」がありました。少し速目のテンポで進みます。強弱の振幅が非常に大きく、とてもドラマティックな演奏です。最後は雪崩れを打って押し寄せるように終わりました。
四楽章、感情のこもった深い歌です。泉からこんこんと水が湧き出すように絶え間なく豊かに歌い続けます。不気味な雰囲気のファゴットのモノローグ、艶やかなヴァイオリン独奏。生前の幻影を見るかのように寂しげな第2エピソード。バランスのとれたクライマックス。夢見心地のようなコーダ。死に絶える人を暖かく包み込むような、悲しみの中にも暖かみのある演奏です。
ブルーノ・ワルター/コロンビア交響楽団
★★★★★
一楽章、暗闇の中から光が見えるような序奏。序奏の緊張を解きほぐすように柔らかく安らいだ心地の第一主題。第二主題が現れると暗雲が立ち込めるように暗転します。ティンパニの激しいクレッシェンド。とても微妙な表情付けがされています。金管も遠慮なく強奏します。オケも力強くしかも、この当時の録音を考えるととても美しい。この曲の初演者の自信なのか、作品への共感と堂々としたスケールの大きな演奏には感動させられます。うつろでさまようような表現も見事です。銅鑼の強打の響きとバランスの取れたトロンボーンのシンコペーション。音楽が立体的で生命感があってすばらしい。コーダ手前のホルンとフルートの絡みの部分のオケの響きにも独特の深みがあって、なかなか聞きものです。すばらしい第一楽章でした。
二楽章、ゆったりとしたテンポで、優雅に舞うように始まりました。響きに透明感があって、とても美しい演奏です。Bはかなり速いテンポですごく活発です。アーティキュレーションの表現にも敏感でとても生き生きしています。Cは一転して穏やかで対比が見事です。再び現れるBでもバッチリ決まる打楽器が気持ち良い。再びのCでは寂しげな雰囲気。Aの再現では暗い影が現れ荒れ模様に。最後のAに入る時にホルンが大きくリタルダンドしました。表現も色彩感もとても豊かで、コロンビア交響楽団が寄せ集めのオケだとは思えないすばらしい演奏です。
三楽章、深みのあるコントラバス。張りのある金管。どの楽器も強い音で交錯します。Bになり少し穏やかになりますが、依然として活発な楽器の動きがあります。二度目のBでも勢いのあるブラスセクション。普段は温厚で暖かい音楽を作るワルターの人が変わったような激しい演奏です。Cで穏やかな安らぎのある音楽になりました。終盤のAの緊張とCの穏やかさの対比がすばらしい。最後はかなり強烈なトゥッティでしたが、しっかりとワルターが手綱を締めていて、暴走はありません。
四楽章、大きく歌うヴァイオリンの主要主題。次から次からと旋律が湧き上がってくるような自然な音楽です。ファゴットは少し音を短めに演奏しました。第一のエピソードが高まる部分は非常に感情がこもっていて感動的です。独奏ヴァイオリンも美しい。第二のエピソードは憂鬱で孤独な感じを表しています。クライマックスの激しい金管の演奏も強烈ですが、伸びやかなものでした。暖かい別れでした。
最近の演奏からすると一時代前の演奏かも知れませんが、この作品の初演者としての自信と共感に溢れるすばらしい演奏でした。
レイフ・セーゲルスタム/デンマーク国立放送交響楽団
★★★★★
一楽章、非常にゆっくりとした冒頭。アウフタクトから強拍に繋がる表現が見事な第一主題。うごめくような第二主題。色彩感も豊かで、ダイナミックの変化の幅も大きい演奏です。展開部の手前の、分厚い響きのトゥッティ。オケのエネルギー感も相当なものです。ちょっと内側を叩いたようなベタッとしたティンパニの響き。展開部に入って暗い音楽が続き、ハープが出て第一主題の変形が現れると薄日が差すように明るい雰囲気になります。録音も良く、音が立っていて、金管も迫力があります。トロンボーンのシンコペーションはチャーバとのバランスの良い響きでした。葬送行進曲のミュートをしたトランペットのシャキッとした音。冒頭とは違い少し華やいだ再現部。穏やかで美しいコータ゜。
二楽章、ゆったりとしたテンポです。柔らかいホルンが美しい。Bは速いテンポです。Cの何とも言えないのどかで穏やかな雰囲気。音楽にどっぷりと浸ることができます。楽器一つ一つがしっかりと立っていて、しかもとても透明感が高い演奏で、聞いていて嬉しくなります。
三楽章、情報がスッキリと整理されていて、とても見通しの良い演奏です。アゴーギクを効かせたり、テンポを頻繁に動かしたりしているわけではありませんが、とても密度の高い演奏で、濃厚です。テンポを落とした部分では、一音一音心を込めるような丁寧な演奏で、力で押すような演奏ではなく、心を動かされます。最後は少しテンポを上げてにぎやかに終わりました。
四楽章、ゆっくりと感情を込めた序奏。大切なものを扱うように丁寧な主要主題はすごく感情がこもっています。控え目なファゴットのモノローグ。第一のエピソードの弱音部分はとても繊細で美しい表現です。ホルンの主要主題の後の弦の充実した響きもとても美しい。切々と語りかけるような演奏が続きます。第二のエピソードの導入部は僅かに速めのテンポです。トランペットが強いクライマックス。クライマックスを過ぎて、コーダに至るまでの間は、夕暮れを思い出させるような、切なさを感じさせる演奏でした。コーダは大切な人との別れを涙にくれながらもしみじみと味わうような温かいものでした。
非常に濃厚で深い音楽を聞かせてくれました。すばらしい演奏だったと思います。
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ベルナルド・ハイティンク/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 2004年ライヴ
★★★★★
一楽章、深い息遣いの第一主題。騒ぎ立てずに落ち着いた第二主題。盛り上がりのエネルギーはすごいです。展開部は暗闇の中を手探りで進むような感じから次第に明るくなっ行く感じです。オケはとても良く鳴ります。自然な流れで演奏されているような感じですが、実際にはかなり細部にわたって緻密な表現がなされています。普段のハイティンクの演奏ではめったに聴かれないような、オケの限界ギリギリの咆哮で、すごいです。再現部も波がうねるように色んな楽器が絡み合って、深い表現をします。緊張から解放されたようなコーダ。穏やかな部分と激しい部分の起伏の大きな演奏でした。
二楽章、とても軽く始まりました。弦が入るところは心持ちテンポを落としました。この楽章でも起伏の激しい演奏です。底から突き上げるようなコントラバス。ほとんどテンポを変えずにBへ入りました。次第にテンポを上げて、とても生き生きとした表情です。Cも動きがあって、穏やかと言うよりも生命感があります。色彩感も濃厚です。二度目のBもとても明瞭な表現で、オケが生き物のように活発に動きます。深いところから湧き上がるような音色がとても魅力的です。ホルンが遠慮なく吹きまくります。穏やかななって終わりました。
三楽章、比較的ゆっくりの序奏からAに入ると一転して速いテンポになります。滑らかに演奏されるB。Cは少し細身のトランペットです。オケがハイティンクの音楽を献身的に表現しようとしているように感じます。最後はとても賑やかで、色彩のパレットを広げたような眩い演奏です。急激な追い込みは無く、わずかにテンポを速めて終わりました。
四楽章、内面から湧き上がるような序奏。大きく捉えて歌われた主要主題。うら寂しい第一のエピソードの最初のヴァイオリン独奏。川の流れのように豊かな弦楽合奏。感情のこもった高まりです。第二のエピソードは入ってくる木管が細心の注意を払って入って来ます。夕暮れの寂しさのような感じがしました。音の洪水のようなものすごいクライマックスです。消える寸前のロウソクが強い光を放つように、金管が音を放ちます。そして、死へ向かって次第に衰えて行きます。雪が降る寒い夕暮れの別れです。心が抉られるような深い音楽です。
とても起伏の激しい演奏でした。生命感に溢れた生き物のような音楽から、次第に力が衰えて悲しい別れに至るまでを見事に表現しました。とても感動的なすばらしい演奏でした。
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ラファエル・クーベリック/バイエルン放送交響楽団
★★★★★
一楽章、暗闇の中で探るような冒頭部分。ゆっくりと美しい第一主題。バランスの良い金管。ライヴならではの熱気も感じられます。穏やかな部分ではもっとゆったりとたっぷりと演奏して欲しい部分もありますが、速めであっさりと進みます。第三主題のクライマックスも爆発することは無く控え目でした。金管には熱気とともに感情のこもった強い響きがあります。コーダの手前のホルンは筋肉質でライヴとは思えない良いバランスです。コーダのヴァイオリン独奏は枯れた響きで黄昏感があります。
二楽章、抜けの良いクラリネット。締まりあって活発な表現です。Bへ入ってもあまりテンポは変わりません。積極的な表現で訴えかけて来ます。色彩の変化も見事に表現しています。最後のBではテンポをかなり速めます。
三楽章、ミュートを付けた金管が激しい。ライブでありながらキチッと整ったアンサンブルを聞かせるオケはさすがです。別れの寂しさを予感させるトランペット。最後のホルンやトランペットの強奏はなかなかでした。
四楽章、暖かみがあり感動的な主要主題。ホルンの主要主題も感情がこめられて深みがあります。寂しげなヴァイオリン独奏。寂しさはありますが、感情が込められて暖かい響きです。第二のエピソードも物悲しいですが、響きには力があって、熱気を感じます。クライマックスで強力なトランペットやホルンが情感豊かに演奏します。寒々としたコーダ。こんなに同じ曲で温度感を変えるとはすごいことです。ゆっくりと歩いて去っていくような別れでした。
ライヴならではの熱気のこもった演奏で感情をこめた深みのある表現もとても良かったですが、四楽章コーダの寒々とした表現は同じ曲の中でこれだけ温度感を変えることができるなんてとても驚きでした。